第5話 暗闇の森で会う
『契約しないか?』
そう持ちかけられたのはいつだっただろうか?暗い森の中に捨てられた時だったと思う。かなり小さな頃に時間は戻る。
妹のセレネが長距離の馬車に乗っていて、飽きてきた時だった。
『わたくしのお姉様なら、きっとこの森から一人で帰ってこれますわよね。試してみたいのですわ。ねえ?だめかしら?』
そう一時の子どものおふざけで、提案したのだった。私は必死で両親にいや!こわいの!やめて!と頼み込んだ。だけど二人とも薄ら笑いを浮かべていた。
『可愛いセレネが、こんなに頼んでいるのだもの』
『おまえがもし力を持っていたら覚醒するかもしれないな』
セレネ!お願いだから、そんな怖いこと言わないで!両親を止めて!一人で置いていかないで!そう私は馬車から降ろされたため、懇願した。
その姿すら滑稽だと無邪気に笑うセレネはその笑顔とは裏腹に、残酷で、なんでも自分の思い通りになると楽しげでもあった。
バタンと馬車の扉が閉まる。必死で待って!と叫び、走って追いかける。だが、そのうち見えなくなった。
不気味な鳥のキィーキィーと声、風にザワザワとざわめく木々。どこか?どこかに朝まで隠れるところはないの?
見回すけれど、暗い闇の中に木々がずっと続いていくだけだった。もし、ここで魔物に会ったら?……死。という言葉が頭をよぎる。
怖くなって、道を必死で走る。この森をせめて抜けたい!息がくるしくなって、ハアハアと呼吸が乱れ、何度も足を止めてしまう。とうとう動けなくなる。足も痛い。疲れ切って、木に背中を預け。座り込む。太陽が昇るまで後、何時間だろう?暗い森ではそれすらもわからない。
ガサッガサッと音がした。魔物か獣か?
出てきた数頭の狼と視線が合った。獣たちなのね。私はここで死ぬのだろうと自覚した。死ぬ前に少しは抵抗したい。やる?やっちゃう?できる?できない?葛藤する。
ぎゅっと震えるこぶしを握り締めた。その瞬間だった。強大な力と不気味な気配を背後に感じた。
『退け!それは俺の獲物だ』
こんな時間に森に人がいるなど不自然な状況だった。狼が威圧されてキューンと言いながら、木々の間へ逃げていった。恐る恐る振り返る。
『大丈夫か?』
コクコクと私はうなずいた。紫の髪と宝石のように美しいアメジスト色の目。纏っているのは黒い服。この青年は魔法使いなのかしら?人に出会えてホッとした。
『安心しろ。美味しく喰ってやろう。おまえから良い香りがする』
え!?ちょっと待って!?助けてくれたんじゃないの!?この人、私を食べるの!?
「ま、まさか……魔族?それも人型の?」
『喰われるのは嫌か?』
にやりと青年は笑う。
「もちろんいやよ!」
後退りする私を追うように前へ出てくる。
『それならば、契約しないか?』
「魔族と!?」
『俺はこの通り、人型の魔族で強大な力を持っている。おまえが生きてる間はおまえの望みを聞こう。その代わり死ぬときは喰わせろ。お互い、さらに強い力を持つことができる。良い取引だろう?』
不気味に目を光らせて。長い腕が私を掴もうとした時だった。
アウラ!アウラーっ!という声がした。その声は誰のものか、私はすぐに気づいた。
「イグニス!ここよ!ここにいるわ!」
そう私も呼応した。その瞬間だった。暗闇の森に赤やオレンジ色の炎がパッと燃え上がり、明るくなる。いや、そんな生易しいものではなかった。燃え盛り、ゴオッという音と共に、この辺りを゙焼き払おうとする勢いだった。肌がチリチリとした。
まだ幼いイグニスが駆けてきた馬を乗り捨てて、剣を抜く。私を庇うように前に立つ。炎に照らされた魔族がやれやれと両腕を広げた。残念そうな顔をしているが、どこか愉快そうでもあった。
『子どもといえど、愛し子2人。それも攻撃専門の火の愛し子か。俺でもさすがに分が悪いか。また会おう。力を欲したくなったときは『ナハト』と呼べ』
そして私は喰われることなく、生きのひびた。イグニスが悲しい顔をして、私を見る。探したよとそう言ってギュッと手を握ってくれた。誰も私のこといらないのに魔族やイグニスは欲しいのね。
それなら私は………。
バッと起き上がる、朝日がもう昇っている。
嫌な夢、けっして良い夢の部類ではなかった。絶対に手紙のせいだ。眠る前に読まなければよかったと後悔した。
「やっぱり寝る前は通販グッズを吟味しつつ眠るのが健全ね」
そう軽口を叩いてみたけれど、額や首筋には冷や汗をかいていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます