第4話 手紙と妹

 部屋の机にクシャクシャになった紙を広げる。


「……ったく、頻繁に送ってくるわね。暇なの!?」


 毒づきつつ、封を切る。乱暴に破った封筒には、セレネと名前の綴りが記されている。


『ごきげんよう。お姉様はいかがお過ごしでしょうか?わたくしは水の愛し子としての責務を果たそうと日夜、頑張っています』


 手紙はいつも同じ書き出しで始まる。今回もかいっ!と心の中でツッコミを入れる。もう用件だけ書けばいいと思うの。


 青い髪に青い目をした物腰柔らかな美しい妹セレネの姿を思い出す。細い身体に健気に水の愛し子として頑張る姿勢は皆に自然と愛されている。


 手紙は続いていく。


『イグニス様のことで悩んでおります。いまだにお姉様と婚約していると仰るのです。どうかお姉様から婚約破棄を申し出てくださいませんか?イグニス様は皆様から非難されており、とてもお可哀想な立場に追いやられているのですわ』


 いや、だから……婚約破棄もなにも婚約していないからね?イグニスが勝手に言ってるだけで、婚約者じゃない私から言うことなんて一つもない。


『お姉様が婚約破棄してくだされば、多少ですけれども、わたくしからお金を差し上げたいのです。生活がたいへん質素なものとお聞きしてます』


 お金で釣ってきたーっ!これは新しい、


 でも両親やセレネ……あなたたちと一緒に暮らしていた時よりは断然良い生活をしているわよ。随分ひどい扱いを受けていたもの。むしろ一人の生活最高よ!楽しすぎるわ!


 イグニスが思い通りにならないのだろう。火の愛し子というだけあって、本来は激しい性格をしているから、周囲は抑えきれない状態なのが目に浮かぶ。


『またお姉様とお父様、お母様との仲が悪いとわたくしの心が痛むのです。良かったら橋渡しを致しますわ』


 橋渡し?絶対に嘘であることはわかっている。すべてが自分の物でなければ気が収まらないセレネのにっこりとした黒い笑顔が手紙に張り付いている気がした。


 水の愛し子というだけあって、セレネの優しく穏やかな気持ちが現れているような手紙。だが、1枚目で嫌気が差した。そろそろいいだろう。表面上の言葉の数々にうんざりして読む気が失せた。何通目なのよ。


 私は最後まで読まず、グシャリと握りつぶして、丸めてゴミ箱へ投げた。


 見事にゴミ箱へ入り、ナイスシュート!とガッツポーズを決めた。


 この生活の邪魔をしないでもらいたいわ。同情も哀れみもまったくいらないわ。そして暇な妹の文通相手なんてまっぴらごめんよ!


『よくやった!よく素晴らしい子を産んでくれたな!強大な水の力を宿した子!これこそ我が家の娘だ』


 そうお父様が叫んだ日を忘れない。その日から私の持っていたものはすべて無くなった。物も婚約者も愛も全てが消えた日だった。それからというもの、私は『水の愛し子』として生まれてきたセレネに全てを差し出した。それがセレネと周囲の望みだった。


 五大元素に愛されて生まれてくる子どもは強大な力を持っている。王国で5人しかいない。王族の血が入った名家から生まれてくる。大事に大事に妹のセレネは育てられ、強大な力を持つイグニスとの婚約を望んだ。魔力の強い者同士で結ばれれば、愛し子が生まれるであろう確率が上がるらしいけれど、そのためだろう。それとも本気で好きなのだろうか?どちらなのかは本人しか知らないことだろう。


 愛し子選びのくじ運はその後の人生を決める。愛し子のくじを引き損ねれば不要な子である。


 でも私の望みはそうじゃない。愛し子よりももっと大事なものがあるわ。このおひとり様生活の『自由』『お金』『平穏』よ!


 フッと部屋の灯りを消した。嫌な過去を思い出す前に、さっさと寝て、明日は『通販生活』の雑誌を読みこむわよ!次は肌に潤いを与えるためにスチーマーが欲しいなと狙っている私だった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る