第2話 美味しいものを囲んで

 熱した鉄板の上に肉汁が垂れてジュージュー音がする。さらにそのうえからソースを流すとパチパチ跳ねながらジュワッと派手な音になる。付け合わせの茹でたポテトは黄金色に輝いていて塩をパラリとかけてある。蒸したエビを巻いて食べるための色とりどりの野菜。デザートにモモやイチゴ、ブルーベリー、メロンがふんだんに使われているフルーツタルト。うっとりと私はテーブルの上を眺めた。


 カイの腕前は大したもので、手際よく、イグニスが持ってきてくれた食材を調理して並べる。少し日が経ってしまった堅いパンを小さく切ってカリカリに焼いてそのうえから溶かしたバターをかけて出してくれる。


 フォークで肉を切るとスッと柔らかくてすぐに切れた。口に入れると溶けそうなくらい柔らかな肉。ぷりぷりの食感のエビをシャキシャキの野菜と一緒にに食べた。


「幸せ~」


 私は頬に手を当てて、自然とそんな言葉が出ていた。しまった!これを言うとイグニスが過剰に……。


「喜んてもらえて嬉しいよ!その顔を見るのがオレの幸せなんだ。アウラが幸せであることがオレの幸せでもあるんだから!あー!来てよかったな。この言葉を聞けたんだからな!」


 ……過剰に反応するのよね。なんか悔しいけど、食べ物に罪はない。おいしいものはおいしいのだ。次は何を持ってくるかなぁ!と浮かれるイグニスは放っておいて、モグモグと私は食べ進める。


「お師匠様、肉の焼き加減はどうですか?もう少し焼いてほしいなら焼きますよ」


「ちょうどいい焼き加減!ソースも美味しいし、カイは料理の天才ね!」


 ありがとうございます!と褒められてニッコリ笑うカイ。以前の私なら肉とエビを適当に火に放り込み食べていただろう。カイが居るようになってから食卓レベルが間違いなく向上した。


 最後にケーキと熱いコーヒーを飲む。甘さと苦さでちょうどいいバランス。


「そろそろ帰らないと迎えにくるんじゃないの?」


 そろそろイグニスの帰宅時間であることを私は知っている。


「つまらない現実を思い出させないでくれ」


 イグニスは顔をしかめる。


「イグニスがここにいて、騒がれると、私の方が嫌なのよ。私に迷惑かける前に、さっさと帰りなさいよ」


「お師匠様、しっかりちゃっかり食べた後でいうんですね……」


 カイは横からさりげなくツッコミを入れてくる。食材とともに帰られたら困るじゃない。なんなら、食材だけ置いていってもいいんだけどね。


 外が暗くなり、カイが、ランプに火を入れる。


「泊まっていこうかな」


「お断りします。私は人の気配があると寝れないの」


 即答する私。冗談じゃないわよ。


「そこの弟子は!?」


「弟子じゃないけど、カイは極力静かにしてくれているもの。本当は馬小屋か倉庫で寝てほしいけど」


 ひどいです!お師匠さまっ!というカイの言葉は無視しておく。『寝床はどこでもいいですし、なんでもしますから、ここにいさせてください!』そう言っていたのは自分だったでしょと言いたい。


「いつになったら、泊まっていっていいんだ?」


「永遠とそんな日はこないから、さっさと帰りなさいよ!私の一人時間がこうしているうちにも削れていってるでしょ」


「アウラを一緒に過ごしたい気持ちにされるのは難しいな」


 イグニスの形の良い眉がハの字になったが、嘆息をつきながら立ち上がる。


「まぁ、確かにオレの家の者たちに、ここに来ていることに勘づかれては、面倒だな」


 そうそう。私のことなど忘れちゃってる人達が、知るところとなれば、発狂しちゃう。


 うるさい奴らを燃やしてやりたいというカゲキなことを言ってるイグニスの言葉は聞こえなかったことにしておこう。


「じゃあ、帰るよ。『風の愛し子』の魔女。また来るよ」


「だから!それも違うって昔から否定してるでしょう!!『風の愛し子』なんて者じゃないわ!」


 そうかな?といつものようにこちらを横目で見て、笑い、扉を開けて、馬小屋から連れてきた馬をありがとうとカイに礼を言って受け取り、夜の暗闇を駆けていく。


「お師匠様、せっかく来てくれたんですから、気を付けてねくらい言ったらどうです?毎回イグニスさんは夜に帰っていきますが、魔物にあったら危険じゃないですか」


「イグニスは『火の愛し子』だもの。魔物ごときにやられるわけないわ。あの人は本物よ。なにもかも本物なの。私とは違うわ」


 彼は私とは違う。本物で誰からも期待され、必要とされるまぶしい存在。


「……師匠には僕がいます。イグニスさんには敵わないかもしれませんが、師匠から学んで強い男になりますから!」


「何言ってんのよ。そんなこと言わなくていいのよ」


 カイはカイでいいのよと言いたかったのに、私の言葉に少し傷ついた顔をした。なぜそんな顔をするのか、私にはわからなかった。

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