トー横

島尾

トー横、バスタ新宿の光景

 木曽漆器を求めて塩尻市に向かう途中、トー横を訪れた。そこが汚く、治安が悪いことは知っていた。何年か前に周辺をふらついたこともある。

 一言で言うならば、トー横は汚い。ゴミだらけの路面。カワイイ女もイケメン男も揃って魅力が無い。鳩の羽すらも汚いと思う。

 あそこでどのようなコミュニティが築かれ、どのようなコミュニケーションが行われているのかまったく知らない。ただ、耳に入る騒音の中の日本語を盗み聞きすると、それほど悪いものとも思えなかった。それゆえに彼らが楽しいとか嬉しいとか思っているのかもしれない。しかし再びトー横の風景を見渡すと、あまりにも汚い。彼らは掃除という概念の優先度がかなり下にある種族だと思う。

 

 バスタ新宿からトー横に行ったから、トー横からバスタ新宿に戻った。

 過密空間であり、おそらく極貧民から超高所得の者まで混ざっていると思われる。団体で尾瀬や富士山に行きたがる者どもの、表現しにくい汚さを私はひしひしと感じた。自分自身が「旅は一人で行くもの」と固く設定しているため、過密な団体それだけで嫌気が差すのはやむなしだろう。


 今、目の前に、快活オヤジがいる。先の尾瀬行きや富士山行きの者どもに、自分の存在を「フックで引っ掛ける」ように相手に話しかけている。この類の人間と関わるのは、一人が好きな私にとって、「もう一人」、すなわち自分と異なる人間が確かに存在することを認識させられる。先発の尾瀬の者どもはオヤジを無視したゆえに私の評価は0点だ。対して後発の富士山行きの者の中にはオヤジと話し込む者がいて、40点は付すことができた。

 とうとう富士山行きもいなくなり、オヤジはタオルで手を拭きながらあたりを見回している。今、同タオルで両目を圧縮し、まるで涙を拭いているように見える。そして今、ビニールをごそごそし始めた。ベンチにどっかり座る様子は、まさに正月の餅だ。

 いったい彼は何を考えているのだろう。無関心のルールがはたらくバスタ新宿内の空間において、そのルールを破って、あえて話しかけにいくような者である。

 今、オヤジの横に黒人が来た。オヤジは何も話しかけていない。オヤジは水の入ったペットボトルを右手に持ちながら、「あの頃は良かったなぁ」的な顔で遠くの天井を眺めている。そして、いつの間にか黒人は消えた。私の座っているベンチの両隣はつまらない者ゆえに、先ほどからオヤジの一挙手一投足を盗み見て観察結果を記すという暇つぶしをやっている。しかしこれ以上は失礼に相当すると思うので、やめることにする。


 バスタ新宿の人間たちは一様に見える。厳密には個々に相違を認められるが、それは人の種別を明示せしめるレベルのものではない。どんな衣装も同じに見えるし、どんな顔も美醜の差はあれど根の部分で同化しているように見える。例のオヤジを除いて。


 ここで、私がさっきトー横に行った時の感想を改めて記す。すなわち


 一言で言うならば、トー横は汚い。ゴミだらけの路面。カワイイ女もイケメン男も揃って魅力が無い。鳩の羽すらも汚いと思う。


 である。

 バスタ新宿でたむろする者どもは、私も含め一般人であり、トー横のような特殊空間内に属する特殊の人間とは違う。そのような面白みのない者どもが一斉に集うと、トー横やその周辺にアホほど落ちていたゴミを思い出す。床の上に椅子があって、その上に大量の人間がただ座っている空間は、路上にただ落ちているゴミと何らかの共通部分を見い出さずにはいられない。


 オヤジはとうとう寝た。その姿をまたしても拝んでいる私。長い白髪の、毛先がカールしている姿は、服をちゃんとすればオーケストラの指揮者と変わらないように見える。腹が出ているので、おそらくバーンスタインに喩えることが可能だろう。今一瞬首を上げたがまた首を落として入眠した。そしてまた首を上げ、考えを巡らせている風の態度をとっている。そしてまたもや首を落として寝た。私はこのオヤジを狸と見なすことにする。

 今、富士急ハイランド行きの列の最後尾にならぶかわいい女の子を発見した。泥の中から貴金属を見つけたようなものだ。しかし(まるで一級河川の猛烈な流れに流されたかのように)彼女の姿は消えた。狸は再びうごめき始めた。


 と、受付窓口の上の、行き先を表示する8台ものディスプレイの一番手前のもの(1番窓口の上にあるそれ)に、塩尻・木曽福島行きの表示が現れた。まだ1時間もあるというのに、もう表示されている。早すぎるのではなかろうか。


 狸はペットボトルに入った水を飲みながら、「やっちまったなぁー」というような渋い顔をして水を飲み干した。


 なんとなく、ここにいてはいけない気がする。さて、時間までそこら辺をふらつくとしよう。

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トー横 島尾 @shimaoshimao

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