第3話Ex: 仕事仲間とケータイ

「うげぇ…」


 死神は露骨に嫌そうなリアクションをし、三人組と拓哉を交互に見る。何度か繰り返した後、ユナに「こいつのことは任せた。死神になりてぇんだろ?」と仕事を押し付け三人組の方へ歩いていった。


「なんで来てんだよ…」

「あんたがうるさいのが悪い」


 溜息交じりに言う死神に大人びた女性は短く一言言う。


「案内する相手に怒鳴るとか…あなたも落ちるとこまで落ちましたね」


 黒マスクの少女が静かに苦言を呈すと、隣の少年が「そうですよ!人でなし!」と野次を飛ばす。


「人じゃないっつ―の…あとあいつは案内する相手じゃねぇ。死神になりたいだの言い出してついてきたガキだよ」

「んぇっ?」


 途端に目を丸くした三人は拓哉と話すユナを見る。


「はえ~…珍しい人間もいるんだねぇ…」


 口に手を当てながらまじまじとユナを見る大人びた女性。

 ユナは特に焦ることもなく拓哉と会話しており、案内は進んでいるように思えた。


「あいつ、 人の死を知りたいんだとよ」

「人間だったくせに?」


 ユナの過去を知らない黒マスクの少女は、スマホを弄りながら無慈悲に言う。


「自殺したんだよ…」


 死神が頭を掻きながらめんどくさそうに言う。

 黒マスクの少女は「ふ~ん」と言うだけ。

 無関心なやつだな、と思いながらユナの様子を見る死神。

 拓哉と目が合った。どこか助けてほしそうな視線を見て、死神はさっと拓哉に駆け寄る。それを見た三人も拓哉の元へ向かった。


「どうかしたか?」

「なんかこの子、 すごい質問攻めしてくるんですけど…」

「死神さん、 なんかこの人すごい嫌そうなんだけど…」


 やれやれと溜息を付く死神。


「僕が案内しますね…」


 すかさず後ろから少年が割り込み、拓哉を路地裏の奥へ案内していった。


「あのな篠崎――」


「あなたが新人さんね!名前は?」


 割り込んでくる女性に、死神は溜息をつく。

 目を輝かせる女性に、篠崎は少し怯えながらも答える。


「篠崎ユナです…あなたは…?」

「私はライア。隣のマスクの子はサクで、 さっきのちびっこはクーア。こいつの仕事仲間的なやつ?」


 ぐいっと無理やり死神と肩を組んで自己紹介をするライア。

 おそらく彼女たちが死神が言っていた仕事仲間だろう。


「よろしく」


 ケータイに目を向けたまま一言だけ言うサク。なんとも近寄りづらい雰囲気を醸し出している。


「お前はコイツらと話しとけ。俺はクーアの手伝いに行ってくる」

「えっ、 ちょ」


 止める隙もなく路地裏を出ていく死神。

 溜息を付くユナにライアは笑みを浮かべる。

 まるで子猫を見ているかのような視線にユナは少し身震いした。


「死神さんには名前がないんですか?」


 ビビリながら話しかけるユナにライアは、少し考えた後口を開いた。


「そういうの好きじゃないらしいよ?ほんとすこぶる変なやつだからね…」


「そういうの」ってなんだろう。とユナは思う。誰かと仲良くするのが嫌いなんだろうか?


「私も名字も捨てるべきなんでしょうか…?」


 ユナは”篠崎”を捨てることにためらいはなかった。紡がれてきた二文字に思うことは特に

 ない。なんなら三人の名前、カッコいいな。ぐらいに思っていた。


「いやぁ?a.k.aみたいなもんだよ?みんな大抵人間だった頃の記憶を捨てるために自分で名前つけてるだけだから」


 ここで改名しようかと一瞬考えたが、特に案がない。取り敢えず放置でいいかな。とユナは結論付けた。


「…なら今はいいかな…」

「それがいいよ。死神ってのは自由なもんだから」

「終わったぞ―」


 路地裏の奥から死神とクーアが歩いてくる。

 クーアはライアとサクの元へ走り、安心した様子で溜息をついた。


「なにも走らなくてもいいだろうがよ…ユナ、帰るぞ」

「は~い」


「あ、待ってユナちゃん!」

「はい?」

「今度ウチおいで。その死神何も教えてくれないでしょ」


「あ゛?」


 威圧してくる死神を無視するユナとライア。見事なスルースキルである。


「あ、 わかりました」


 ユナの声色にはいつも色がない。モノクロで、大きな穴のよう。

 建付けの悪い路地裏の扉を乱暴に開く死神。闇の中に二人は歩みを進める。


 軽く手を振るライアとクーア。その隣に立つサクは未だにスマホをいじったままだ。

 案外悪い人ではないのかもかもしれない、そう思いながらユナは帰路についた。


 ◇


「死神さん」

「あ?」


 質素な夕食を食べた後、静かな自由時間が始まった。

 自由と言っても、娯楽のないユナにはすることがない。


「ケータイ…」


 ソファに座る死神の手には平たい長方形があった。

 死神はユナの視線に気づくと、バツが悪そうにケータイをポケットに押し込む。数秒の沈黙の後、口を開いたのはユナだった。


「それ、 どこで買えるの?」

「あいつらに聞け」


 そう言われたって、ユナは彼女らがどこに住んでるのか知らない。

 放任主義…にしてはひどすぎるような気がする。この死神に拾われることを選んだことをユナは少し後悔し始めていた。


「わかった…」


 シュンと眉を下げるユナを見て、死神の小さな良心が顔を出す。


「ったく…」


 小さくつぶやいた後ケータイを耳に当てる死神。呼出音が音漏れしている。


「…チョロ」


「あ?なんか言ったか?」

「いや、何も」


 ◇


 死神が電話を終えて数十分後、玄関のドアがノックされた。


「ユナちゃ~ん!」


 ドアの向こうから聞こえてきたのはライアの声。

 ユナがドアを開けると、あの三人組が待ち構えていた。

 そして、三人の後ろに後ろに広がっていた外の景色は、灰色の空と味気のない住宅地。

 死神が住んでいたアパートは想像以上にシンプルで、個性がない。均等に塗られた灰色の外壁、数m間隔で設置されている4つ白いドア。ユナは辺りをを数秒間目に焼き付け”街”を知った。


そと出たことなかったの?」

「はい…」


 サクの問いにユナは答える。前会った時とは少し違う「哀れみ」が込められた一言だった。


「少しは先輩として色々教えてあげればいいのに…」


 苦笑しながら難色を示すクーアにライアはうんうんと頷く。

 やはり死神の中でも彼は変わり者なんだろう。


「ケータイ買いたいんだってね?暇だもんね―ここ」


 四人はアパートを出て、ケータイショップに向かった。











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