第2話事故死︰一人の少女は死神として

 玄関を出る死神を追い扉を抜ける。

 暗闇の先に白い扉が見えたかと思えば、玄関のドアが不気味な音を立てて閉まっていった。


「あのドア何?」


 ユナが訊くと、死神は正面を向いたまま「人が死んだ場所に近い扉に繋がってる」と無愛想に答えた。

 ユナは死神を追い、扉の前にたどり着く。真っ白で模様の一つもない無機質な扉は異質な雰囲気を放っていた。


 死神は無言でドアノブを握り押し開ける。

 扉の向こうにあったのは、至って平凡な民家のリビングだった。すぐに扉を抜けて二人は立ち尽くす。死人はどこにもいない。


「死人なんてどこにも――」


「拓哉ぁぁぁぁ!!」


 部屋の空気がビリビリと揺れる。

 ユナの言葉を遮ったのは女性の悲痛な叫び声。


「外か」


 死神は真後ろの開いた扉を抜ける。来た時と違って扉の向こうに闇はなく、ただ民家の廊下があった。

 ユナは死神を追い玄関の前にたどり着く。

 死神がドアを開けた先にあったのは大破した乗用車と膝をついて泣き叫ぶ中年女性。

 そしてその横には青年が立っており、辺りをキョロキョロと見回している。

 青年は出てきた二人を見るや否や強張った表情を緩ませ話しかけてきた。


「すみません…事故起こしちゃって…僕は怪我してなんですけどお母さんがパニック状態に…お母さん!ここにいるってば!」


 眼の前の悲劇にユナは顔を歪ませる。彼は自分が死んだことに気づいていない。

 母親への言葉は死神とユナにしか聞こえず、母親の声は住宅地に響き渡る。

 見かねた死神が口を開こうとしたその時だった。


「母さん!!」


 彼、拓哉は母親の肩に手を伸ばした。だがその手は母親の肩をすり抜け、そのまま姿勢を崩した拓哉は母親の体をすり抜けていった。


「え――」


 呆然と自分の手のひらを見つめ硬直する拓哉をユナはただ黙って見ていた。


「死人が生物に干渉することはできない」


 死神の声を聞いて、拓哉は振り返る。小刻みに震え、目には涙が浮かんでいた。


「死人って――」


 その時、爆発音が響き渡った。大破した車両は炎に包まれ、他の住人たちが玄関からゾロゾロと出てくる。


「あああぁぁぁぁ!!」


 母親は額を地面につけ泣き叫ぶ。その姿は眼の前のスポットライトに照らされ、住宅街というだだっぴろいステージをざわつかせていた。


「やばいやばい」「警察呼ばないと」「消防車呼んで!」「可哀想…」「怖すぎ…」「ママ?あれなに?」「見ちゃダメ!部屋に戻りなさい!」「消防呼んできた!」「あの人危なくない…?火が…」「やばいって」


 どんどんざわめきは大きくなっていく。耳を抑えたくなるほどに。


「うぅっ…」


 ユナは口を抑えて姿勢を低くする。

 炎、ざわめき、ゆっくりと近づいてくるサイレン、、母親を炎から離そうとする警察官の大声と、母親の金切り声。

 聴覚と視覚が恐怖で埋め尽くされ、それは嗚咽になり外に飛び出していく。


「母さん…母さん…!」


 警察に連れて行かれる母親を弱々しく追おうとする拓哉の手を、死神が荒々しく掴む。


「こっち来い!!」


 そう叫ぶ死神の顔もひどく歪んでいた。ユナは口を抑えたままその場から逃げるように死神の後を追う。サイレンの音はすぐに遠くなった。


「ここならいいか…」


 静かな路地裏で死神は拓哉に目を向ける。うつむいたまま震える拓哉を死神はため息を付いて見下ろしていた。


「僕は…死んだんですか…?」


「あぁ」


「あなた達はなんなんですか…?」


「俺達は――」


「死神だよ」


 死神に言われたときと同じようにユナが言う。


「…そうだ。死神だ。俺達はあんた達を――」


「案内しないといけない」


 ずいっと割り込んでくるユナ。死神はユナを睨みつけ、小声で耳打ちする。


「静かにしてろ。案内が進まねぇ」


「…」


 凄んでくる死神に動じることなく、ただ無言で死神の顔面を見つめるユナ。

 死神はイライラしながら小さく咳払いをし、また話を始めた。


「まずあんた、 何があった?」


「えぇと…いつも通り帰宅してたんですけど…いきなり猛スピードで軽自動車が突っ込んできて…そのまま逃げられたんです」


「なるほどな…あんたは悪くないから――」


「天国に行く」


 プツッと、死神の堪忍袋の尾が切れた音が路地裏に響いた――ような気がする。


「うっせぇんだよクソガキ!!!黙ってろ!!!」


 つばを撒き散らしながら叫ぶ死神。眼の前にいる拓哉は萎縮してしまっている。


「――なになに?めっちゃうるさいヤツいない?」


 女性の声に、三人は振り向く。

 その先には、男性一人と女性二人。


「――どうせあいつ…」


 ウレタン製の黒いマスクを付けた少女が呟く。少女の耳にはファンキーなピアスが山ほど付けられており、街灯の光に照らされ妖しく光っている。

 その光量は死神とは大きく違っていて、まるで彼女と死神の立場の違いを表しているようだった。


「ほんとにどーしようもない方ですよね…」


 白いパーカーを着た少年が溜息混じりに言う。清廉潔白に見える少年の唇には銀のピアスがあった。

 ギャップ萌えというやつ…なのだろうか?ユナにはわからなかった。


 なにやら只者ではなさそうな奴らを見て、死神は言う。


「うげぇ…」

















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