第1話ドアの向こうに
「…なら私、 死神になります」
目を輝かせながら言う彼女を見て、死神は溜息をつく。”めんどくさい”と口には出さなかったが、げんなりとした死神の表情がすべてを物語っていた。
「あのなぁ…あ~…何から言えば良いんだよ…」
額に手を当てながら俯く死神。彼女は今も死神を見つめ、目を輝かせている。
そんな彼女を見て溜息をつく死神は、騒がしいままのホームを一瞥した後、ホームを出るよう彼女に言った。
改札を抜け、駅の構内の端に二人はたどり着く。
無言のまま二人は駅を出て、辛気臭い路地にたどり着いた。騒がしいところは死神の好みではないらしい。
「…長かったですね」
「文句言うんじゃねぇよ」
生意気な一言をこぼす彼女に怒りと呆れを込めて一言言うと、路地の壁面に肩をつける死神。
ロングヘアーの毛先を弄りながら死神の言葉を待つ彼女を見て、死神は小さく咳払いをした。
「まずあんた、 名前は?」
「
歳まで訊いてねぇよ、と思いながら死神は彼女を見下ろす。
高校三年生…人生これからってとこだろうに。なんて思うほどの慈悲深さは、彼にはない。
「篠崎、 お前はなぜ死神になりたい?」
ユナは顎に人差し指を当て少々考えた後、静かな表情でポツリと呟いた。
「人の死を知りたい」
これは言わば面接。今現在死神が持つユナへの印象は、「一味違うガキ」だった。
死神は淡々と質問を続ける。一言一言に少し圧を持った声色にユナは動じず、彼女もまた淡々と質問に答え続けた。
「具体的にはどういうことだ?」
「私が自殺した理由、 2つあるんです。1人はさっき言った通り疲れたっていうのと、 死後に興味があったから。私は色んな人の死を見たい」
「なるほどな…」
不謹慎な思想は、ある意味死神に適しているのかもしれない。天国と地獄。この他にある選択肢に、ユナは胸を躍らせていた。
「死」とは解放なのか、拘束なのか。どちらにせよ、彼女の好奇心は最高潮に達している。その勢いのまま彼女は右手を胸に当て、強く言った。
「死神さん。私に”死”を教えてください」
月明かりに照らされた路地に、凛とした声が響く。だがそれは、この2人にしか聞こえない。
死神は無言で彼女を見つめる。無表情ではあるが、死神は心の中に渦巻く好奇心を抑えきれずにいた。
「…着いてきな」
一言言って、死神は一つの扉を乱雑に開く。
扉の向こうに広がっていたのは、無限の闇。異質な存在を放つそれに、死神は歩みを進める。
「なにしてんだ。早く来い」
期待と緊張、少しの不安がユナをそこに硬直させる。息を整えて、ユナも扉を抜けた。
広がっていたのは、やはり闇。足音が不気味に響き渡る。
「言っとくが俺はお前の保護者じゃねぇ。向こうでの暮らし方以外、 詳しく教えることはないからな」
「別に教わりたくもないです。あなた口悪いので」
「…あぁそうかよ。もうちょいで着くぞ」
見えたのは一つのドア。またドア?と首を傾げるユナを無視して、死神はドアの前にたどり着く。ポケットから鍵を取り出して、鍵穴に差し込んだ。キーケースに付けられた小さな鈴の音が闇に響き渡る。
ドアを開けた先にある世界は、おどろおどろしい冥界…ではなく、質素な玄関だった。
「はぁ?」
予想外の展開にユナは声を上げる。
無言で靴を脱ぐ死神を見て、ユナもいそいそと靴を脱いだ。
真っ直ぐな廊下の先にあるリビング。死神はそこでソファに腰掛け、テレビを見始めた。
『都内で熱中症患者が急上昇しており、死亡事故も――』
「うわ、 仕事増えるな」
「仕事増えるな、 じゃなくて」
麦茶を飲んで呟く死神。まるで自分がいないかのような振る舞いに思わず突っ込んだユナは、死神の隣に腰掛ける。
「いくらなんでも説明無さすぎ。ここどこ!何このテレビ!」
詰め寄ってくるユナを見て、死神は溜息をつく。
テレビの音量を下げて死神は口を開いた。
「ここは俺の家。以上」
「死神といえど手が出そうなんだけど」
「んだよ図々しいガキだなぁ?」
ユナは拳を握りしめる。そしてそれを振り上げ――
「だーっ!わかったよ!手ぇ降ろせ!」
とんだ暴力女を連れてきてしまったと後悔しながら、死神は話を始める。
「俺らはここを街って呼んでる。特別な名前なんてこの場所にはない。俺らの仕事は死者を天まで案内すること」
「…まだ聞きたいことはあるんだけど、”俺ら”ってなに?死神はあなただけじゃないの?」
「一日に人が何人死ぬと思ってんだよ。身内が数人いる。仕事仲間だ。会った時紹介する」
「…終わり?」
「……終わりだよ」
暇を潰そうとポケットに手を突っ込んだが、ケータイは駅で粉々になっている。
ユナは気づく。娯楽がここには無いと。それはユナには相当受け止めがたいことである。習い事に追われ、常に娯楽を求めていた彼女にとってケータイがないという事実は非常に苦しいものだった。
ユナは周囲を見渡したあと、諦めてフローリングに座リ込みテレビを眺めてみた。だが、現代社会を生き抜いた彼女にとってニュースとは想像以上に退屈なものだった。
キッチンに目線を移してみると、標準的なサイズの冷蔵庫とガスコンロが見えた。意外にもどれも清潔に保たれている。
「あのさ……暇なんだけ――」
部屋にインターホンの音色が響く。
振り返ったユナが見たのは、不気味に音を立てながらひとりでに開くドア。ドアの向こうには数分前と同じ闇が広がっている。
死神はテレビを消して立ち上がり、ユナの隣をすぎていく。呆然とするユナに、死神は言った。
「仕事の時間だ。暇ならさっさと着いてこい」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます