死に装束は引き裂いて

ゆき。

プロローグ

 22時。混沌の街、東京。


 駅のホームでは多種多様な人間が喧騒を編んでいる。


 仲睦まじく駄弁る20代、ベンチの上で脱力する50代、騒ぐ60代。


 それぞれが混沌の一部として生きているこの街で、大きな混沌に成ろうとしている人間がいた。


『まもなく三番のりばに列車が参ります。危ないですので――』


 音を立てながらホームに向かってくるそれを、彼女はぼんやりと眺める。

 虚ろな目のままフッと線路内に落ちていき、そのまま彼女の身体は破片となって散乱した。


 悲鳴が上がる。スマホを構える人々。声を上げる駅員。



「自殺か…」



 彼は血で染まった電車をホームから見下ろす。

 人混みを文字通りすり抜けていき、立ち尽くす彼女に声を掛けた。


「おーい」


 声はかき消され、立ち尽くす彼女の耳には届かない。


 線路上にストンっと着地し、彼女の肩を叩く。驚いた様子で振り返った制服姿の彼女は、艷やかな黒髪にスンと整った鼻、大きな茶目を男に向ける。


「あ、あなたは…」


 目を大きく見開き、震える声で問う彼女。

 ホームの蛍光灯が男のピアスを妖しく光らせる。

 男は小さく笑った後、イタズラっぽく言った。


「死神だよ」


「しにがみ……」


 パチパチと瞬きをする彼女。事態に頭が追いついていないようだ。周りをキョロキョロと見回した後、血のついた電車の前部を見上げる。


「死神ってのは天国か地獄、どっちに連れていくかを決める案内人だ。なんで自殺なんかしたんだよ」


「死神って…なんか思ってたのと違う…」


 彼女の言葉通り、死神は大鎌を持っている訳でも無く、黒のワイドパンツに黒いアウターを着ている。死神はバツが悪そうに溜息をついたあと、冷静に口を開く。


「話を逸らすな。言いたくないかもしれないけど言ってもらわないと案内ができねぇ」


「はぁ…」


 彼女は大きく溜息をついた後、左下にある虚空を見つめながら言った。


「なんか…めんどくさくなっちゃったんです」


「というと?」


「ピアノだのなんだのやらされて、学校では優等生でないといけない。親からの圧力にもう疲れちゃって」


 引きつった笑顔で語る彼女の茶目には、後悔なんてひとつも無い。ただ静かな開放感に溺れているかのようだった。


「…わかった。えぇと、申し訳ないが…自殺っていうのは自分を殺すっていう1つの罪なんだよ。多分、いや確実にお前は地獄行きだと思うぞ」


「…なら私、死神になります」


 笑顔で言い放った彼女の目は、眩しいほどに輝いていた。
















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