1曲目 キミにトドケ

「この歌が届くまで何度だって声を枯らして明日も明後日もキミへ伝えるよ~ ……ダメだなあ……やっぱ。ボクは有羽みたいには歌えないや。……有羽の歌……また、聴きたいな」

 もう傍には居なくなってしまった、とっても歌が上手で、すっごく可愛い、ボクの大事な幼馴染、『鈴川 有羽すずかわ ありは』のことを考えながら、今日も独り、彼女の十八番とも言えるような歌を口遊んでいた。

 ボクが今居るのは有羽との思い出の公園。ここ数年で遊具がほとんど撤去され、現在ではもう、ブランコしか残されていない。

 その所為もあってか、ここは滅多に人が来なくなってしまった。

 子供たちは皆、少し離れた位置にある公園に行っているのだろう。

 ボクらが出会った当時は沢山の遊具があったから、今の公園の現状はとても寂しくある。

 きっと、有羽もこのことを知ったら悲しむに違いない。

「有羽、どこに……行っちゃったんだろうな……なんで、ボクに何も言わずに……」

 二人でいることに慣れすぎたボクらが、離れ離れになることなんて、考えてみることすらしなかったものだから、有羽が一年半ほど前、まるで元からそんな人物などいなかったかのようにどこかにいなくなってしまったあの日、「ボクは何か悪い夢を見ているのではないか?」なんて思考に囚われてしまったものだ。

 当然、このことは今になっても忘れてはいないし、なんなら寧ろ、最近になって彼女のことを思い出して枕を濡らすことが増えてきすらしている。

「……一年半前、か。それだったらボクらが出会ったのはもう十一年以上も前なんだ。なんか、そんな昔のことに思えないや。つい最近のことみたいに覚えてるんだもんなあ……」


 それは、今日と同じように、何かどうしようもないことで悩んで、一人で公園に来ていた時のことだった。

「~~♪ ……ん?」

「わあ、すごいね、キミ。歌、すごく上手!!」

 ほんの一瞬、聞こえただけでボクの足を止まらせるほどに、彼女の歌声は魅力的だった。

「ありがとう。歌を褒められたの、初めてだから嬉しいな」

「え~!? 初めてなの!? そんなに上手なのに!!」

 なんの音楽知識のない、ただの子供だったボクでも、彼女の歌がたった六、七歳のそれではないということに気付けるくらいのものなのだから、きっと周りにちやほやされているんだろう、羨ましい。なんて、当時のボクは思ったっけ。

「うん、人がいるところであんまり歌わないから……あ、そうだ、一緒に歌おうよ」

「……いいの!?」

 彼女は、ボクの歌の下手さに笑いながら、それでもボクと歌ってくれた。

「ふふ、あなた、結構音痴なんだね」

「……本気出してないだけだし……」

「じゃあ、出してみて?」

「言ったな!? 上手くてびっくりしても知らないからね!?」

 そんなやさしさに満ちた時間を過ごして、初めて会ったばかりだというのに、ボクたちはすっかり意気投合した。

「うーん、望歌みかが曲を作れたらいいのにな~。望歌ならきっと、わたしが好きそうな曲作ってくれるだろうし」

 望歌というのはボクの名前だ。漆瀬 望歌うるせ みか、それがボクの名前。希望の歌とか、望まれるような歌とか、そんな意味だったはずだ。

「うーん……でもボク、やっぱり歌うの下手だし、楽器だってぜんっぜんわからないよ?」

 今は少しマシになっていると思いたいが、当時のボクは本当にとんでもないくらいの音痴であった。音をしっかりと聴くということがまるで出来ていなかったのだ。

 そんなボクが作曲だなんて当時は考えてもみなかった。「才能がまるでない自分には縁のないものだ」とすら考えていた。


 しかし数か月前、何らかの拍子にそのことを思い出したボクは、曲を作ってネットに投稿すれば、いつの日か有羽がボクのことを見つけてくれるのではないか。曲を通して言えなかった感謝を伝えられるのではないか。だなんてことを考えて、必死に音楽を勉強するようになった。

 様々な専門の本を買い漁って知識をつけようとして、音楽理論だとか、作曲論だとか、最初はちんぷんかんぷんだったそれも、今ではほんの少しとはいえ理解ができるようにまでなった。

 現在制作中の曲は、初めて作った割に、個人的に満足の行くクオリティなのだが、歌詞はというと……ボクの語彙のなさの所為で良いものがまるで思い付かず、迷走中なのである。

 『有羽に届けたい感謝の言葉』が多すぎるのもきっと、歌詞が書けない原因なのだろう。


「感謝……か」

 首にかけたヘッドホンの左側に結ばれたリボンが、風にふわりと揺れる。

 これは、十四の誕生日、有羽がくれた物。ボクの大事な宝物の一つだ。

「ねえ、望歌。知ってる? リボンには、絆って意味があるんだって! わたしね、望歌と一緒にいるのが好きだから、ずっと一緒にいられるようにって思って」

 このリボンをくれたとき、有羽はそんなことを言ってくれた。

 一緒にいるのが好きだから。その言葉はボクにとってどれだけ救いとなっただろうか。

 どうしても、人のノリに合わせられない、空気を読むのが苦手だったボクだから、周りに異端扱いされて、受け入れてもらえなかったボクだから、その言葉の暖かさに思わず泣いてしまったことも覚えている。


「……うん、思い出せた。この暖かさに包まれて感じたことを音に乗せるイメージで……」

 欲しい言葉が丁度浮かんで、自然とボクの曲に溶け込んでいくような感覚。

「『暖かさをくれたキミに、「ありがとう」って言いたいから。歌声よ、想いよ、届け、届け。キミへ届け』……うん、いい感じ!! 歌詞はこれでいいとして、あとは細かな修正をしたら完成だ~!」

 歌も、本当にボク本人か不思議なくらいにうまく歌えていた。

 それでも、まだまだ有羽の足元にも及ばないくらいなボクだ。

 一度の成功で舞い上がるんじゃなくて、もっと先へ手を伸ばせ、憧ればかりじゃ終われないんだ。

「いまの感覚、忘れないうちに早く帰って作業しなくちゃ!」

 ブランコから勢いよく立ち上がると、ヘッドホンに結んだ、青いリボンがふわりと揺れてみせた。

「……このリボン、いつ見ても可愛いよなあ……あ、そうだ。次の曲テーマ、絆にしよう!」





「最近活動を始めたMikaって人の『キミへ届け』って曲、すっごくいいんだよね~有羽は知ってる?」

「うん、しってるよ。初めて作った曲なんだってね。初めてでこれなら、次の曲もきっと良いんだろうなあ」

「わかる~楽しみすぎる」



「…………望歌、ちゃんとあなたの歌声、届いたよ」

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