交わるキセキ、紡ぐ言葉を

@Rikka_Hinatsuki

Quest 1 夕暮れ、キミとの出会い1

 放課後の教室ってのは案外寝心地が良いもので、今日もどうやらいつも通り、すっかりと眠ってしまっていたようだ。いつも通りと言ってもまだ、五回目程度ではあるのだが。

 目が覚めたのは、部活動をしていない生徒の最終下校時刻を告げるチャイムが鳴り響くタイミングだった。


「……げ、またか」

 辺りを見渡すがもちろん、誰一人として生徒は残っていない。

 残っていたとしても、俺が話しかけられる相手なんてこのクラスにはいないのだが。

「そうだ……あいつ、まだいないかな……」

 手早く帰るための準備を済ませ、幼馴染の一人がまだ部活で残っていないものかと写真部の部室へと向かおうと立ち上がろうとしたが、携帯端末に着信が来た音に動きを止められる。

 顔認証でロックを解除して、メッセージアプリに届いていたそれを確認すると、件の幼馴染によるもので、『部活で出来た友達と仲良くなったのでしばらくその子と帰ります』とのこと。


「さて、俺はここで一緒に帰る相手……というか多分、学校での話相手がいなくなった訳だ」

 そんなことを呟いたところで現状がなにか変わるわけでもないと気付いた俺は早々に帰ってしまおうと今度こそ教室を後にするのであった。



 廊下を渡る最中、俺はつい先ほど見ていた夢の内容を思い出した。

 それもあまり良いものではない。三年前ほど前まで、俺が人を避けて過ごしていた原因となった出来事のことだ。


『ごめんね、あたし、もうこのゲームは……やらない』

「待てよ、なんで……」

 俺がそう問い終わるよりも先に、無情にも響く通話の退出音と、アバターが消滅する音。

 ずっと、鮮明に覚えている、顔も本当の名前も知らない、初恋相手のそんな悲しそうな声。

 知っているのはアバターネームがマリーであるということだけ。

 後になって、彼女がゲームを辞めてしまったのは俺がゲームのPK──ほかのプレイヤーキャラを殺害して快楽を得るような理解しがたい集団から、彼女のことを守れなかったからだってことに気が付いた。

 たとえ画面越しだとしても、彼らの狂気には、幼く、そしてネットゲームに触れるのがそのとき初めてだった彼女にとって耐えがたいものだったのだろう。

 いつか、そんなことを忘れてまたログインしてくれるなんて期待していた当時の馬鹿な俺はひたすらに強くなることだけを考えた。今度こそ彼女を守れるようにと。


 だが、結局彼女と再会することは叶わなかった。

 それどころか、以降彼女と会話することさえも出来なくなってしまった。

 連絡を取っていたツールのアカウントを、彼女が削除したから。

 大好きだった人ともう二度と関われないと気付いたあの日以降、俺はもう二度とそんな経験をしないために、人を避けるようになった。

 家族以外ではたった三人、幼馴染二人と、その幼馴染の片方の兄を除いて。



 そんな経験をしておきながら、今、俺が普通に生きて、それなりに人と会話できるようになっているのは周りの人たちのおかげだろう。

 こればっかりは感謝してもしきれないな。

「あの時はどんなことがあったっけ……」

 なんて独り言ちった瞬間、俺はそれを少々後悔することとなった。

──いるはずのないと思っていたクラスメイトが何故か、俺のロッカー前に存在していたのだ。

 彼女はなにやら思い詰めているのか一度ため息を吐く。どうやらこちらの独り言には気付かれていなかったようだ。

「えっと……」

 彼女が退いてくれない限り、俺はロッカーを開けることが出来ず、靴を履き替えることが出来ない。つまるところ帰れない。

「誰かいないかな……探しに行く? それともここで待つ?」

──ぜひ探しに行ってくれ! と、叫びたくなる衝動をどうにか脳内で抑えきる。

 目の前のクラスメイト──思わず目を奪われるほどに美しいブロンドの髪を所謂三つ編みおさげにして、そこに長めのリボンを結んでいるその姿は、数日前に行われた席替えで俺の隣となった人物……たしか、名前は琴依……なんとかさんだ。

 かなり見た目としては可愛いのだが、ここ数日隣の席で過ごして気付いたことがある。それは、彼女の周りにいるのは俺が苦手そうな雰囲気を醸し出している人間ばかりだということだ。

 それらに対して好意的に接している時点で俺の苦手なタイプであることに違いはないのだろう。

「あの、琴依さん? ごめ……」

 再び声を掛けてみるも反応はない。どうやら彼女は何か思考に耽っているようだ。

「先輩なら帰る方向同じなのになあ……」

──ならその先輩とやらのとこ行けよ!? という訳にもいかず、俺は意を決して少し大きめのボリュームで声を掛けてみることにした。

「な、なあ! 俺、靴履き替えたいんだけど⁉」

「うひゃあ⁉」

 さも怪物でも見たかのような反応に思わず「んな大袈裟な……」と呟いてしまったがどうやら幸いなことに聞き取られていなかったようだ。

 早朝の雲一つない空をそのまま映したかのような、そんな青い瞳が不安そうにこちらを見詰めてくる。

「え、えと……雪之葉くん? どしたんです……?」

「いや、それこっちのセリフな気がするんだけど……琴依さん、さっきからいくら呼びかけても反応しないし、ずっとなんかブツブツ言ってたしで……」

 俺の言葉に彼女は少し青ざめた表情でこちらを見詰める。

「え、嘘……こ、声に出てました……?」

 そう訊ねて来た彼女は先ほどと打って変わって少し赤い顔をしている。青くなったり赤くなったり忙しい子だな……。

「……言いにくいケド……それも結構、長い時間」

「ま、マジですか……」

「残念ながらマジ」

 彼女の反応的に、これは忘れた方がいいなと感じた俺はどう返すべきかと少々悩んでしまう。

「今の、忘れて……くれませんか?」

 上目遣いとでもいうのだろうか? そういう表情でこちらを見詰め、先程までと比べると幾分か甘い声を出してくる彼女。

 苦手なタイプだとは言え、整った顔立ちでこう見られてしまえば少しは照れるものだ……。


「独り言ってあんま聞かれたくないの分かるし、言われなくても聞かなかったことにするつもりだったよ。呼びかけても反応がなかったのが心配で聞いただけだからさ」

 少し目線は逸らし気味に回答する。すると彼女はどこか不満そうな表情をした後、彼女は俯き気味に言う。

「……そですか……ありがとうございます」

 で、結局彼女はなんでずっと独り言して俺の靴箱前に突っ立っていたのか……。少し考えると、その理由は判明した。

「そういや、一緒に帰る人探してるんだっけか? まだ俺の知り合いとか残ってるだろうし、呼ぼうか? 同じクラスなら、多少は話やすいと思うんだけど……」

 俺の問いに一瞬瞳を嬉々として輝かせた彼女だったが──。

「ほんとですか!? じゃあ、お願いし……って、わすれてないじゃん!?」

──すぐにこちらをジトっと睨んでそうツッコミを入れて来た。

「……たしかに」

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