@zintaroo

やけにさむかったのを覚えている。

真夜中の冬だったから、それは当たり前のことだった。


僕は待ち合わせをしていたんだ。

彼女と初めて会ったのはその日の昼だった。

彼女は小柄で、まだどこか幼さが残る顔立ちをしていた。

道のベンチで少しの談笑を果たし、僕たちはすっかり気を許しあっていた。


ちょうどその時、彼女がいきなり何かに怯えるように周りを見渡した。

しかし周囲には何も無く、ベンチの外側にはただ道と住宅街と少し小さな森しかなかった。

彼女と話していて知ったことだが、彼女は「鳥」が恐いらしい。

僕は「鳥」というものがどんなものか知らなかったし、そんなに興味もないように思えていた。


その後しばらくして僕たちは別れたのだが、別れ際で彼女は僕にある約束を渡してきた。

それは夜、またこのベンチで再会することだった。

急なことではあったが、僕は彼女といて退屈はしなかったし、実際自分がどうなろうともうどうでもよかった。


そんなこんなで夜になり、僕は約束通りベンチで待っていた。

日付はとうに変わっていただろう。

彼女はまだ来ていないようだった。


さすがに寒かった。


ずっと動いていないと自分がそこにいる意味すら分からなくなるような気がしたので、少し歩くことにした。


街は静かだった。


森は死んだように眠っていた。


薄明かりの街灯に沿って少し震えながら歩いていた。


空っぽに響く靴の音にほんのりの悦びを感じながら進んでいると、見知らぬ男が道端に立っているのを見つけた。

僕はその男の横を通り過ぎるとき、自分の身にどんな災難がふりかかるのかを考えていた。


人は想像がつかないから想像するものだ。

例えば僕の場合、男は死神であってピエロであった。


何もかもがどうでもいい夜のはずだった。

道の先に何があるのかなど興味もなかった。

だから僕はあのベンチで彼女に会ったのだ。

だのにいざ悪い夢を食めば、僕の身体が、僕の脳が、あるいは魂がもがきはじめるのは何故だろうか。


僕は見知らぬ男の横を何事もなく通り過ぎた。どうやら僕の思考は大げさだったのかもしれない。

しかし、僕はその時すでに道を歩く理由を忘れてしまっていた。

空っぽな靴の音もしなければ、ただただ夜の息吹がするだけだったので、すっかり眠くなってしまっていた。


ところが、この道において止まる以外に僕は進むか戻るかしなくてはならなかったし、もしかしたら彼女がもう来ているかもしれなかったから、道を引きかえすことにした。


道端にはまだあの男が立っていた。


僕は歩いた。


歩いた。


歩いた。


とたん、男がいきなり鳴き始めた。


僕はびっくりして、走った。


走った。


走った。


道を蹴る音だけが響くようになると、ようやく僕は歩けるようになった。


彼女にはやく会いたかった。

面倒ばっかだ。

だからはやく会いたかった。


街灯をなぞり、そうして僕はやっとベンチに戻った。


彼女はいなかった。


もうすぐ日が昇る時間だった。




僕は今、始発の電車に乗っている。

全部がまるで遠く昔のことだったような、そんな朝だ。

結局彼女と会うことは叶わず、もうこの先会うこともないのだろうと思う。

元々家からこの街は離れているのだから、少し眠ってやろうとも思ったが、なにとなく窓越しに映る街を見続けた。


あの見知らぬ男はもしかしたら、僕と同じだったのではないだろうか。


不意にそんな考えが頭をよぎった。

彼の何も知りやしないが、僕は彼になっていた気がしてしょうがなかった。


もはやベンチで会うはずだった彼女のことなどどうでもよく、始発に揺られているこの状況が不可思議でおもしろおかしく思えてきたものだ。


窓の向こう、街灯の根から鳥が羽ばたくのを見た。

その鳴き声にやかましさを感じた。

目を閉じた。

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