第136話
「あと書き込んでおいた方が良い事項はありますか?」
「後は、用紙の使い方くらいかのぅ? 見開きの左側には共有情報を記入し、右側にはミーシャ本人にだけ残しておきたい情報を記入するとかじゃな」
「それこそ右側には購入価格とか、特殊な秘伝技を使ったとか特殊素材を使ったとか表沙汰にしたくない情報を書いておくんだよ。後は落書きだな。形状の変化とか、記録しておきたいけど特に取引相手に見せなくてもいい情報とかを書く奴もいるし」
「この箇所が難しかった、なーんて愚痴を書き込んでもよいのじゃよ」
「認証印を使えば他人に見えなくも出来るから、左側だけ魔導複写する事も可能だ」
ネット売りした石の詳細データだけ鍵垢で残すみたいな使い方なんだな。
「でも、例えばボクが開発した秘密の技法とかを右側のページに記入したとして、ボクが死んだ後にその技法が誰にも知られる事無く失われちゃいませんか? 技術の損失になっちゃうのって困りません?」
「それは無いぞ。認証印の登録者が死んだら封印解除されるからな」
「過去に恥ずかしい
ヤバっ、それって黒歴史ノートが死後に発掘されるやつじゃないですか。
「それで、どうなったんですか?」
「故人を偲んで葬式で
それ、止めてあげて………俺がされたら成仏出来ません。悪霊化します。
「分かりました、気を付けます…」
「まぁ、それは極端な例なんだがな」
どこの世界でも黒歴史には気を付けなければいけなかったよ。
「そうだミーシャ、これはミーシャの分の『赤の申し子』だ。受け取ってくれ。返品は許可しない」
「えっ!? だってリンド=バーグさんの奥さんと娘さん用ですよね?」
「そうだぞ」
「???」
「目の前に娘が居るじゃないか。俺の庇護養子が」
えっ??? あれーーー? 娘って俺の事なの!?
「あっ、ありがとうございます。それ、めっちゃ高かったですよね」
「まぁ季節物だからな。後、それは研磨出来ないぞ」
すみません、宝石だと思ってました。『対物簡易鑑定』の結果は “ 美容と健康に効くサモンの卵の加工品 ” とあった。ガチで高級イクラ的な何かでした。リンド=バーグさん曰く「研磨ばかりしていたら手指が荒れるし眼も疲労するからな」とのこと。特殊な透明保護カプセルで覆われているので食べる時に割って中身を取り出せばよいんだって。付属の『赤の申し子』の保管箱が鮭を模していて可愛いかった。店によって鮭箱のデザインが違うのでコレクターも居るのだとか。
「あとパイク=ラックに【プロテオG】を一つ」
「儂にか?」
「ミーシャの親なら俺の親でもよいのかな? …と。もう一つはアリサの父に渡す予定なんだ」
「妙なところで義理堅いのじゃな」
「それでだ、俺もミーシャみたいにパイク=ラックを愛称で呼んでみようと思うのだが……」
「ボクみたいに?」
「どうせなら………、パパとかな」
ゲホッ ゲホゲホッッ……
「止めんか!!」
「パパは駄目なのか?」
ゲホッ……
よりによってパパかよ!! 俺だって避けたのに。今ここにマリイン=リッジさんが居なくてよかったのか、居なくて残念だったのか…。
そうこうして盛り上がった後は、リンド=バーグさんが拾った砂利を使って記録ノートの書き方を実践してみた。通常は鑑定して対象物の情報確認をしてから書き始めるそうだけど、最初から最後まで未鑑定の場合と、未鑑定で始めてから途中で鑑定を掛けた場合の書き方も検討してみた。殆どの職人は基本的に素材を鑑定確認してから作業を始めるものだけど、たま〜に偏屈な頑固者や中二病がかった者が未鑑定素材に拘ってみたりするのは何処にでもいるって事で。
「リンド=バーグさんは100%鑑定派ですか?」
「俺は鍛冶師という職業柄そうだな。鉱石毎に金属含有量も違うし、インゴット化した金属だって割り金の比率が違うから基本的に鑑定有りきだ。パイク=ラックは半々か?」
「儂は適当じゃな。素材に使う植物が毒化してないかの確認の為の鑑定はかけておるがの。私物を作るのなら楽しむのも兼ねて未鑑定で作業もするんじゃが、人様に納品する物にはしっかり鑑定しておるぞ」
「その辺りの心構えやら何やらは職校でも説明があるから、指導員や先輩職人から聞いてみればいい。まぁ…未鑑定に拘った者の話で良いことは聞かないけどな」
了解しました。肝に銘じます。俺は今日、粋がる中二病職人が黒歴史ノートを書いたら死後大変なことになる事を学びましたよ。知らなかったらやってた可能性は有るしな。
そしてサモンフライと揚げ芋を食べながら飲んだエールは当然ながら冷たくなかったけど、それでもいい感じに楽しめた。流石に店先ではこっそり冷やせないからね。
―――――――――
(誤字修正)
(誤) 可能性
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