第40話

分けてもらった【芭蕉紙】は経木きょうぎと不織布を足して二で割った感じの風合いだった。経木きょうぎはタコ焼きを乗せる舟型容器でお馴染みの薄〜い木。中華街で売られている肉まんの底にも付いてたりする。【芭蕉紙】は和紙の様に繊維を紙漉きして作られた紙ではないので、折り目を付けてから濡らして割く事は無理そう。先に蝋引きしてからナイフで切ると刃にうっすらと蜜蝋が付きそうだったので、先に【芭蕉紙】を5cm四方に裁断してから溶かした蜜蝋に浸して蝋紙を作る事にした。



「ミーシャよ、何でまた細々と【芭蕉紙】を切っておるんじゃ?」


「ボク、蝋引きの紙を作りたかったんです。蝋紙にしてから切ったらナイフの刃に蜜蝋が残ったら嫌だなぁ…と」


…と、蜜蝋引きの【芭蕉紙】を作ろうとしたらパイク=ラックさんに笑われた。



「カッカッカッ、甘いのう。この家には大判の蝋紙を裁断する為の刃物も蝋用の刷毛もあるのじゃよ」


え~~~、マジかぁ………


「ええっ…」



「いきなり思い付いた仕事をするのは構わぬが、この家に普通に材料がある事を考えたら、儂に作業の相談をしてみてもよかったんじゃないのかのぅ?」


「……はい」


「もしくは、何故、儂の家に【芭蕉紙】と蜜蝋が揃って常備されておるのか聞けばよかったのじゃよ」



確かにそうだ。大麦飴を秘密にしたかった為、さっさと作業したかったとはいえ確認を怠ったのは単純に俺のミスだ。報連相のことをすっかり忘れてたよ。



「パイク=ラックさん、ボク、蝋紙が手に入ることで浮かれちゃってて色々と質問するのを忘れてしまってました。改めて質問します。何故パイク=ラックさんの家に【芭蕉紙】と蜜蝋が揃って置いてあるんですか?」



「先ず【芭蕉紙】じゃが、儂が木工師なのは前に言ったじゃろう?建具や家具、もっと大きな建物なんかを作るには流石に事前に図面作りが必要じゃからのぅ。後は仕事を思い付いた時にアイディアやデザインを書き付けておく為に使っておる。蜜蝋は、木工品の艶出し用じゃな。釘や工具が錆びない様に蝋紙に包んでおいたりもするのぅ」


普通に業務用だった。



「切ってしまった【芭蕉紙】が勿体ないので、蝋鍋を貸して貰えればそこに浸そうと思うんですが…」


今度はやりたい事を伝えてみる。


「それでは蜜蝋が些か無駄になるんじゃ。切ってしまった【芭蕉紙】は儂がメモ用に使うから気にするでない。新しい【芭蕉紙】で、そこにある刷毛を使って蝋引きするがよい。蜜蝋の適性温度は分かっておるか?」


熟練の職人さんからダメ出しをくらう。よく考えたら蝋引きの温度も知らなかった。ロウケツ染めだと蝋の温度は130℃前後だった様な記憶があるけど、俺が前世で体験した時は卓上天ぷら鍋みたいな温度調節の出来る鍋で蝋を溶かしてた。この世界だと温度計とかどうなんだろう?まさか赤いアルコール式温度計があったりとかしないよね。


「ボクの考えだと蝋から煙が上がる直前まで温めるのが良いんじゃないかと思っていたんですが、パイク=ラックさんの知っている正式な見極め方を教えてください!!後、今回の作業では使わないんですが、木蝋も有りますか?」



教えて、職人パイセン!!



「よい質問じゃな。そしてミーシャ、よい目になってきたのう。蜜蝋の適性温度はじゃな、この魔道具を使って知るのじゃ!!」


と言うとパイク=ラックさんがドヤ顔で棚から棒状の魔道具を出す。魔道具的な温度計だったよ。



「鍋用火鉢に練炭をセットし蜜蝋を溶かすじゃろ、この魔道具を熱した蝋に浸すと色が変わるんじゃ。蜜蝋は溶けた時は赤で使う時はオレンジ、黄色以上にするのは禁止じゃ。一方、木蝋は溶けた時は黒みがかった赤じゃな。蜜蝋より若干低い。使う時は蜜蝋に準じるな。気持ち低くても構わぬぞ。まぁ、蜜蝋も木蝋も溶けたばかりの時はそれほど熱くないので手で触っても大丈夫なんじゃよ」


どうやら低温が赤で、それより温度が上がると黄色になるらしい。何となく恒星の温度と色の関係を思い出した。


「そして溶けた蝋に刷毛を浸し、鍋縁で刷毛を軽く扱きながら余計な蝋を落としたら、躊躇せず一気に蝋を【芭蕉紙】に引く。必ず一方向に刷毛を動かす。往復は禁止じゃ!! ムラができると蝋紙の仕上がりに関わるからのぅ。後は軽く炭火で炙って蝋を均一に染み込ませれば完成じゃな。慣れれば炭火で炙らなくても構わぬぞ」



これぞ職人!!それからパイク=ラックさんの指導の元、何枚か蝋紙を作らされた。勿論、全部ダメ出しを喰らいましたよ。そして蝋紙の裁断道具は、長い刃の付いたブレードを押し下げて紙を切るタイプのもので、前世でもよく見た裁断機にそっくりだった。




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