第18話 さらばグロッシュラー!

「――ク!ア――!アルク!」


ボクは身体がガタガタと左右に揺らされ意識がゆっくりと浮上するのを感じる。

……後、5分だけ……。


「ったく!しゃーねぇ!!」


ボクの想いは叶わず、毛布を剥がされてしまい、寒いと思う間もなく抱え上げられると、何処かへと連れて行かれる。

あ…でもなんか……この揺れも気持ちいいかも。


と思って、ボクがそのまま寝入りそうになっていたら身体が宙を舞う感覚があり、次いでモフッと何か柔らかい羽毛のようなものにうずもれる。


更に良くなった居心地に、ボクの睡眠は見事に加速され―。


「いい加減起きろ!!」


フロウの拳骨で飛び起きることとなった。


「〜〜っ!!」

「ようやっと起きたな!」

「アルクは朝に弱いですからね。それにまだ夜も明けきってませんから。」


目を開けると【スカイバード】の大きな背の上で、フロウとディアがボクを見ながら苦笑していた。

横を見ると、未だに寝息を立てているナインがおり少し羨ましく感じる。

ボクが状況を飲み込むよりも早く【スカイバード】は空へと羽ばたき出す。


「一体何があったの?……もしかして、師匠に何か!?」


寝ぼけた頭で逡巡し、その答えに至ったところでボクの意識はハッキリと覚醒した。

ボクの問いに、振り返ったフロウは苦虫を噛み潰したような顔になる。


「すまん…。見失っちまったようだ。」

「そんなっ!!行き先に心当たりは?」

「……。」


ボクの質問に彼は押し黙る。

何かを伝えるべきか迷っている様子だった。


「何か知っているなら、教えて。情報は少しでも多い方がいい。」


ディアのその言葉に覚悟を決めたのか、彼が口を開く。


「……ブラストが……指名手配された。国を挙げて行方を捜索するらしい。」

「……え?」

ボクの頭は真っ白になる。

どうして師匠が指名手配されなきゃいけないんだ?

まるで犯罪者みたいな……。

理由が思い当たらない。

「ただ、指名手配と言っても、犯罪者と言うより人探しレベルのようだ。生存限定アライブオンリーとなっていたからな。」

「……ブラスト様は何か国をひっくり返すような重要な事実を握ってしまったのかもしれません。」

「どういうこと?」

生存限定アライブオンリーってことはつまり、そいつの持ってる力か情報のどちらかが必要とされるって事だ。俺の知る限り国でクラフターが必要な大掛かりの作業を手掛ける話がない以上、後者と考えた方が自然だ。」


フロウは【スカイバード】の速度をドンドンと速めていく。揺れが酷く少し気分が悪くなってきた。

ボクの様子に気づいて、ディアが水を渡してくれる。


「悪いな、俺以外を乗せたことは殆ど無くてね。」

「それで、指名手配と居場所の心当たりがどうやって繋がるんです?」


ディアがボクも気になった質問を投げかけてくれる。


「待ってくれ、まだ続きがある。どうも、ブラストは俺の部下のらしいんだ。」


目の前で消えた?

師匠にそんな事が可能なのだろうか。

ボクは一口水を口に含み考える。

フロウは、左肩を右手で揉みながら言葉を続ける。


「そして、その消えた場所は、国境を跨ぐトンネルの前。指名手配されたことと合わせて考えれば、何らかの方法でこの国から逃げたと考えるのが妥当だろう。」


フロウの言葉にボクはじっくりと考えてみる。

クラフターである師匠の魔種は『土』だ。

土の魔法に認識を阻害したり、瞬間的に移動するものはない。

…そして、ある1つの仮説に辿り着く。


「……協力者が居るってこと?」

「断定はできないが、ブラストが風の魔種を操った可能性は低いだろう。協力者か、契約獣か。あるいは俺たちの知らない道具の類か……自分以外の力を使ったと考えたほうが筋が通る。」


師匠は自分の問題に首を突っ込まれるのを嫌う人だ。道具か契約獣を使ったと考えて間違いないだろう。


「親方も言ってたが、早く追いかけるに越したことはない。悪かったな、乱暴な真似して。」

フロウはチラリと目線だけをこちらに寄越しながらボクへの謝罪を口にする。

「気にしないで!寧ろ、助かったよ。わざわざ送ってまで貰えると思ってなかったし!……でも、ガイデンさんとヒューズさんに、お別れ……言えなかったなぁ。」

ため息混じりに少し上を向くと、何だか視線が刺さるのを感じる。

「……お前ずっと気になってたんだけど、……何で俺にはタメ口なの?」

視線の主はフロウで、何となく納得がいかないのが態度から伝わってくる。

「え?あれ?なんでだろ?」

言われるまで気づかなかったので、一生懸命理由を考えるものの『コレ!』と言うものが思いつかなくて―。

「……親しみやすいから?」

「この見てくれでか!?」

「人は見かけによらないって事だね!」

ボクのあっけらかんとした様子に諦めたのか「好きにしてくれ…。」とだけ言うと、再び前へと向き直ってしまった。

こういうやり取りが出来るからなんだろうなぁ、と思ったが、みなまでは言わなかった。



上空の冷たい風が徐々に体温を奪っていき、吐く息も白くなってきた。

そんな様子を見たディアが、毛布をボクの体の前から包むように掛けてくれた。

彼女の気遣いにボクは感謝すると同時に、心配にもなった。


「ディアは平気なの?」

「風は私の友達ですから。」


ボクの疑問に彼女は笑顔で返してくれた。

山の向こうから朝を告げる陽の光が差し込んでくる。それに照らされたディアの顔は、とても綺麗で思わず見惚れてしまう。


「…?どうされました?」

「あ!いやっ!なんでもっ!」


ボクは誤魔化すように上を見上げた。

雲を少しずつ抜き去っているのか、ボクらの来た方角へと流れていくようにも見える。

話していて気にも留めていなかった羽音が耳に飛び込んできてそちらに目を向ける。

【スカイバード】が羽ばたく度に、その翼が朝日に照らされ、眩しいくらいに輝いた。

眼下には見渡す限りの平原が広がっており【キャノンエレファント】や【カルセドニー】が玩具のように小さく見えた。

国境の町まではかなりの距離がある。

ふと【カルセドニー】で聞いたフロウの話を思い出して疑問が湧いた。


「ねぇ、フロウ!【スカイバード】ってどれくらい飛んでられるの?」

「なんとも言えないが、普段なら8時間ってとこだ。3人乗ってることを考慮すると5、6時間に1回は休憩を挟ませたいところだ。」

「次はどこで休む予定なの?」

フロウは少し腕組みし考える。

「普段よりも手前で休まなきゃならないからなぁ……。」

どうも良い場所が思いつかないようで、その様子にディアが口を挟む。

「途中に【アンバー】という村がありませんか?」

「【アンバー】か……あそこなら距離的にも丁度いいが……。しかし、他に候補もないし、取り敢えず行ってみるか。」


何やら言い淀むフロウに一抹の不安を覚えるが、ひとまず次の目的地が決まり、ボク達は師匠を追う為、空を駆け抜けて行くのだった。







  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る