第16話 vs泥!剛腕のディア?

 ボクは早速作業に入ろうと元々使用されていた畑へ赴いた。


 この街の人達は、それほど多いわけではない。

【グロッシュラー】の一角が畑となれば、問題なく食べていけるだろう。


 幸い場所は木の柵によって広く確保されており、一帯に断熱用の構造物を仕込めば広さに関しては問題なさそうだった。


 ナインがフードから飛びだして、いつも通りボクの頭の上に乗る。


「キュー。」

「ん?気になるの?」


 ナインは欠伸を1つすると、ジーッと土の1点を見つめだした。

 何かあるのかと思い、その場所を調べてみるものの特に何も見つからない。

 眠くてボーっとしてただけ……かな?


 それを裏付けるようにナインはパタパタと飛び回りだしたので、あまり気にしないこととする。


「さて、それじゃそろそろ頑張らないとね。」


 断熱用の砂が集まるまでに、ある程度の深さまで掘り返す必要がある。

 ボクは足元の泥を指さしながらブレイクを使用する。――だが。


「あ、あれぇ?」


 ベチャベチャと音を立てて沈み込んだものの、直ぐに近くの泥が流れ込み元の状態へと戻っていってしまう。

 ……これは、骨が折れそうだ。

 仕方なくフォローを使って固めて地道に持ち出す事にしたんだけど……。


「お、重っ……!」


 一箇所をブロック状にして取っ手を作り、引き抜こうとするものの、空気の通り道が確保できていないせいか、うまく引き抜く事ができない。


「んんんっ!!!」

「キュー!!」


 ナインもボクのフードを引っ張って、手伝おうとするが焼け石に水である。


 …てか!苦しい!!ストップ!!

 ボクの気持ちが伝わっていき、ナインは途中で手を止めてくれた。苦しかったせいで足に力が入らなかったボクはその場にくずおれる。

 泥まみれになってしまい、キッとナインを睨みつけるが彼は素知らぬ顔して飛び回っていた。

 うぅ、危うく泡を吹いて倒れるところだった……。


「しかし、これは手強いね……。」


 ボクが苦戦していると、ディアが種の仕入れを終えたようで水を持ってきてくれた。


「あまり、芳しくなさそうですね。」

「……そうだね。楽はできなさそうだよ。」

「何に苦戦してらっしゃるんですか?」

「泥を取り除こうにも手段がなくてさ。ユニオンで全体を固めてブレイクしてから細かい破片を取り除こうかとも思ったんだけど……時間がかかりそうなんだ。」


 泥で汚れた顔をディアが丁寧に拭いてくれる。

 子供じゃないよと抗議しようとしたが、心地よかったので素直に受け入れる。

 一通り拭き終わったところで、ディアが畑を見回して告げた。


「私ならすぐに引き抜けると思いますよ。」

 ディアはきっぱりと言い切った。

「しかし、ただ引き抜くだけではそのそばから泥が流入してしまう。なので、アルクにはそちらの対処を……なんですか?」


 引き抜ける、という言葉を聞いてからのボクの表情はこれ以上ないくらいに疑いが込められていただろう。

 なにせ、彼女の腕はボクと大差ない細腕だ。

 話している途中でボクの視線を辿って気が付いたのか、彼女はゴホンと一つ咳払いをする。


「アルク。私をなんだと思っているのですか……。」


 ボクは先の戦いで、吹き飛ばされていた男を思い出し―。

 余計な事をいったら、同じ目に合う気がして『力に物を言わせるタイプ』とまでは口にできなかった。


 ☆


 ボクが畑一帯を【ユニオン】で固めきる。

 すぐさまその場を離れると、ディアが畑に両の手のひらを向けて風の魔種を操り呪文を唱えた。


「ウィンデス!」


 すると、薄緑色の膜のようなものが一帯を包み込む。

 少しの間を置いて、空気の漏れ出るような音がそこかしこから聞こえてきた。

 すると、ズブズブと音を立てて、地面がゆっくりとせり出してきた。

 ディアはそのままゆっくりと手を上に動かしていく。

 よほど精密な操作が必要なのか、滝のように汗が流れだしていくのが横で見ていてもわかった。

 ディアの動きに合わせ膜も上へと上がっていく。

 ボクはディアが引き上げた場所に泥が流れ込まないように抜けた端から壁を作っていく。

 そうして、ついに完全に地面が持ち上がった。

 こちらも壁は作りきった。


「ディア!解除して!」


 その言葉にディアは力を緩めると、膜が消え、周囲の空気が流れ込んでいく。

 その流れに乗って、ボクは落下する土の塊に飛び込んでいき、フォローをかけた。

 巨大な土の塊は、徐々にその形を小さくしていき。最後には最初に作ろうとしたブロック程度のサイズまで縮めることが出来た。


 ボクとディアは同時に息を吐きながら、その場に倒れこんだ。


「あぁ、服が汚れてしまいました……。」

「へへ……。ボクもう一歩も動けそうにないよ。」


 ボクらがへたり込んでいると、酒場の方からフロウがやってきた。

 なんだかエプロンを付けているように見えるのは気のせいだろうか。

 口元の布はそのままだった為、非常にシュールに見える。


「メシの時間だぜ~……って、うお!なんだお前らその恰好!」

「貴方には言われたく……ない……です。」


 言い終わると、ディアが口から魂を吐きながら気絶してしまう。

 相当堪えたのがうかがえる。


 ボクに至っては、冗談を飛ばす余裕もなく気を失ってしまった。


 ☆


 ボクが気づくと、身体が浮いてるような感じがする。

 状況を確認しようとするものの、寝起きでうまく目が開かない。

 上下の感覚も曖昧なままにザブン、と音が聞こえるのとボクの呼吸が遮られたのは同時だった。

 酸素を求めて、急いで水面に出る。


「ぷはっ!げほっ!ごほっ!」

「お!気が付いたか!」


 ボクが苦しんでいるのをみて、実に豪快に笑うのはガイデンさんだった。

 水に気持ちの良い温もりを感じて、ボクは温泉に投げ込まれたのだと理解した。


「酷いですよ、ガイデンさん。ボクが死んだらどうするつもりですか!」

「なぁに、人工呼吸なら任せろ!それに汚れたまま放置するわけにもいかなかったんでな!」


 やはり、豪快に笑うとガイデンさんは片足を引きづりながら湯舟へと入ってくる。


「ディアはどうしたんですか?それと、ボクの近くにリザードドッグの子供が居たと思うんですが……。」

「あぁ、あっちの嬢ちゃんはすぐに目を覚ましてな。自分でシャワーを浴びにいったようだ。のぼせやすいから湯舟は遠慮します、だとさ。ペットの方も嬢ちゃんが預かってる。」


 それを聞いて一先ずは安心した。

 ガイデンさんが気持ちよさそうな声をあげ、両手を広げて石の囲いに寄り掛かる。

 なんだか、少し居づらいなぁ、なんて思っていると彼が話しかけてくる。


「アルク君。キミが来てくれて本当によかった。呼んだ助っ人が君のようなクラフターでなかったとしたら……考えただけでぞっとするよ。」

「まぁ、まだ全て終わったわけじゃないですけどね。ギルドでクラフターの方にアドバイスを受けるのは駄目だったんですか?」


 その言葉に、ガイデンさんは首を横に振った。


「君の言った通り、無法者に教えることはなにもないと追い返されたようだ。問題さえ起こさなければ来る分には拒まない。……といいつつ歓迎はされなかったらしい。」


 ガイデンさんは青空に流れる雲をみながら苦笑した。

 暫くそうして、彼と他愛ない話を続けていたが、おもむろに立ち上がった。


「さて、あまり長風呂すると身体に毒だ。ほどほどにしておくんだぞ。」


 彼の去り行く背中には、無数の傷跡。

 一体どれだけの修羅場を潜ってきたのだろう……。


 ボクは、知りもしない彼の武勇伝を夢想しながら、後の作業に向けてしっかり心身を休めるのだった。




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