第15話 一時休戦
「そうか、助か…なに?聞き間違いか?」
「あ、アルク?」
ディアは不安そうな声をあげる。
ガイデンの目が鋭く光った。
しかし、ボクは怯まずに言葉を続ける。
「戦いはお断りします。戦わなくても、要は食べてさえいければいいんですよね?」
ボクの言葉の意図が理解できないようで、ガイデンとフロウが顔を見合わせる。
「土壌が悪いから作物が育たない。なら、土壌を改善してあげれば良いんです。」
その言葉を聞いて、ガイデンは溜息をついた。
「アルク君。おめぇさん、簡単に言ってくれるが……アテはあるのかい?」
「ボクはクラフターとして、ダンジョン内で作物を育てる知識も勉強してきました。話を聞かない限りはなんとも言えませんが、改善の余地があると分かれば、ヒューズさんとの交渉に持ち込めるかもしれません。」
ボクのその言葉で戦わなくて済むのなら、とガイデンさんは土壌の問題点を教えてくれた。
―纏めると、概ね問題点は3つだった。
1つ、植物が上手く根を張ってくれない。
2つ、根を張ったものもすぐ腐ってしまう。
3つ、腐らなかったものも収穫すると傷んでしまう。
ボクはその話を聞き、実際に土の状態を確認しに外に出る。遠くの方で未だに戦う声が聞こえてくる。急がなくちゃ。
そう思いながらブレイクを唱えた。
地面がベチャッと音を立てて凹む。
ボクはその中に手を突っ込むと、ジンワリと暖かさを感じる。
中にはゴロゴロと大きな石も混ざっているようだ。
……これは、酷いな。
素直な感想だった。
おそらく原因は『水捌けの悪さ』と『地熱』、そして『石』だった。
この辺り一帯はそれなりに乾燥した地域の筈だが、【グロッシュラー】の土は吸った水分を逃さないような性質を持つらしい。
そして、恐らく深いところで火の魔種が発生しており、それが温暖なガスとなって地面を暖めているようだった。
どちらも解決策はある。
ボクは、地下に戻るとガイデンさんに伝える。
「ここの土壌は改善できます。ディアにも協力して貰うけど、大丈夫だよね?」
「元より、この地の人を助けるつもりで来ておりますから。問題ありません。」
「具体的に、どうするつもりなんでぃ?」
ガイデンさんが、ボクの目を真っ直ぐに見つめる。
その目を見返し、確認した原因を伝えた。
「対策として、土の中を2層構造にして空気の膜を作ること。グロッシュラーの外から土を仕入れること。そして、植える前に石などを取り除くこと。これさえ守れば、作物は育ちます。」
定期的な世話は必要だけど、と付け加え説明を終えるとガイデンは天を仰いだ。
「……最初から諦めてたのがいけねぇってか。この地で作物は育たない。俺たちに農作業なんて無理なんだと。」
「仕方ありませんよ。ガイデンさんたちにそれを教えられる立場の人は、今まで居なかったでしょうから。」
クラフター以外にも農夫として暮らす人達はごまんといる。しかし、無法者の彼らにその技術を嬉々として教えるものは何処にいるのだろう。
きっとこの街にも、それを生業としていた人はいるだろう。だが、その人が土壌改善の知識を持っているとは限らない。
2つが重なった結果、ここは農業的に見放された土地になってしまったんだろうなとボクは考えた。
ガイデンさんはホロリと涙を流した。
指にハメた指輪の宝石をカチカチと2回まわすとガイデンさんは語りだす。
「過激派も穏健派も、一旦、話を聞いてくれ。」
【グロッシュラー】全体に彼の声が響き渡る。
☆
『俺たちが戦う理由は無くなった。この土地で作物を育てることが可能らしい。』
耳障りな声が、街全体に響く。
この地で作物が?
滅茶苦茶な事を言ってるようにしか聞こえず、俺が面食らっていると―。
『ヒューズ。信じられないよな?……俺もだ。いつもの場所にいる。話を聞きに来てくれ。』
どうやら予想されていたらしい。
過激派の1人が、手を止めた穏健派をナイフで切りつけようとしてるのを間近で見た俺は、その腕を掴んで止めた。
「やめろ!……少なくとも俺がヤツの話を聞くまでは。」
「おいおいヒューズぅ。まさかさっきの話を本気にしたワケじゃ―。」
俺は掴んだ手に力を込めていく。
堪らずそいつは呻きをあげて、膝を折る。
「……やめてくれ。」
「わかった!悪かった!!分かったから離してくれ!!」
反省した様子に満足すると手を離してやる。
その目には俺に対する恨めしさが浮かんでいるが俺は気にせず、酒場の地下へと歩を進めた。
☆
ボク達が暫く待っていると、重々しい扉が開く音が空気を揺らす。
そこから現れたのは、ボロボロだがどこか品を感じる雰囲気を纏った茶髪の青年であった。
「親父。一体どこのバカの話を信じ込んだんだ。」
「ここに来たという事は、お前もそのバカに賭けに来たんだろう?」
ガイデンが肩を竦めながらニヤッと笑うと、ヒューズはため息で返す。
バカを連呼され少しムッとしたボクだったが、ディアに宥められ気持ちを収める。
「はじめまして。ボクはクラフターのアルクです。」
「……ヒューズだ。」
差し出したボクの手を彼が取ることはなかった。
行き場をなくした手で、頬を掻くとボクは咳払いをして告げる。
「先程のガイデンさんのお話ですが、まず原因をお伝えしますね。」
先程、ガイデンさんに伝えた情報を彼にも伝える。
彼は興味なさげな風を装ってはいたが、1つ1つの根拠に徐々に納得したのか、その目は真剣味を帯びていった。
「……以上です。」
ボクが話し終えて、具体的な案を提示しようとした所で彼はスッと手を差し出した。
「ガキだと侮っていた。……キミの言葉には説得力がある。先程までの非礼を詫びよう。すまなかった。」
ボクはその態度の変わりように面食らってしまったが、差し出された手を取る。
彼も強く握り返してくれたことで、その言葉に嘘がないことが伝わってきた。
「では、具体的な話をしましょう。作物を育てる場所の2層構造についてはボクが作成できるので対応します。入れ替える土ですが―。」
「それは俺たちが用意しよう。土を運ぶくらいなら魔法の使えない俺たちでもやれるだろう。」
鼻息荒くヒューズさんが立候補した。
彼らも自分たちの街は自分たちで守りたいという気持ちがあるのだろう。
「では、ヒューズさん達は二手に分かれて下さい。コルク砂原から素材となる砂を。ドーン平原から入れ替え用の土をお願いします。ディアは植える作物の選定をお願い!」
「わかりました。比較的早く収穫できるものを中心に取り揃えましょう。」
トントン拍子に各々の役割が決まっていく。
こうして【グロッシュラー】の戦いは一時休戦となり、土地自体との戦いが始まった。
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