第12話 迫る影!正義の無法者!
エリナさんの女の勘に翻弄された後、ボクはいつの間にか見られている感覚が消えていることに気づいた。
……勘違いだったのだろうか?
後に残ったのはじっとりと湿ったシャツくらいで、嫌な気配は微塵もない。
ボクがきょろきょろとしている事を不思議に思ったのか、ディアが話しかけてくる。
「どうされたのですか?」
「いや、なんか……変な感じがしたんだけど―。」
「そこのアンタ。」
話しながらギルドを去ろうとしていたボクら呼び止める声に振り向くと、緑髪の冒険者風の男が入口近くの壁に
口元は布で隠されており、その表情はわからない。
「アンタ、相当、腕が立つだろ。」
「えぇ!いや、ボクなんて全然!」
「謙遜しなくてもいい。見てたからな。」
その言葉が、きっと【キャノンエレファント】のことを指しているのだろうと予測するのに、そう時間はかからなかった。
「あ、あはは、あれは偶然思いついただけで……。」
「知識に裏打ちされた行動。中々出来ることじゃないさ。誇っていい。」
素直に褒められて悪い気のしないボクだったが、対照的に疑いの色を浮かべたディアは間に割って入ると、問いただす。
「貴方……、何者ですか?」
「なに、ただの冒険者さ。名前はフロウ。以後よろしく。」
彼が目元だけ笑みを浮かべ、ディアに近寄ろうとすると、短剣を取り出し首筋に沿える。明らかに過激な行動だが、周りの物は誰も気づかない。
幻惑魔法をかけ、意識を逸らしているようだった。
あまりに激情的な行動に、ボクは面食らって動けない。
「答えになっていません。『身分を明かせ』といってるのです。あの巨象をアルクが倒した時、私たち以外には誰もいなかった……。つまり、見ることが出来たのであれば、それはわざわざ魔法か道具を使って見たことになります。そこまでして私たちを見ていた理由は?」
フロウに対して、捲し立てるように言葉の雨を浴びせる。
彼はそれでも落ち着き払った様子を崩さなかった。
「もう一度問います。何者ですか?」
「……【グロッシュラー】が俺の拠点だ、といえば、通じるかい?」
【グロッシュラー】!カルセドニーに来る前に、ボクが指さした街のことだ!
無法者が集まるという話を思い出し、フロウは何か目的があってボクらに声をかけたのだと、身構える。
ボクらを捕まえて強制労働?
ダンジョンに向かわせて、その中で……。
嫌な考えがよぎり、再び汗が流れ落ちるのを感じた。
ディアも同じのようで、短剣を握る力が強まっているように見えた。
しかし、フロウは予想外の事を口にする。
「俺たちを、助けてほしいんだ。」
☆
ボクらは一先ず外に出て、話を聞くことにした。
ボクらは近場のカフェへ入店する。
隅の方の席をお願いすると、特に待つこともなく入ることが出来た。
「先ほどは失礼いたしました。」
「あぁ、いいって。俺も、話の切り口が最悪だった、怪しまれても無理はない。反省してるよ。」
ボクはオレンジジュースを、二人はブラックのコーヒーを頼み、昼を食べていないらしいフロウが軽食のサンドイッチを注文する。
ボクは水を喉に流し込むと、話を切り出した。
「それで、助けてほしいっていうのは?」
「あぁ、実は……俺たちは無法者のゲッターに悩まされている。」
それを聞いてボクの頭は混乱する。
無法者に困らされてるって貴方も無法者では……?
「無法者が無法者に困っているとは、笑えますね。」
「おいおい、結局、言葉の棘が抜けてないぜ?……まぁ、だが、実際、否定できない。俺たち犯罪に手を染めてるやつらの中にも、派閥があるんだ。平たく言えば穏健派と過激派ってやつだな。だが、一般人にそんなことは関係ない。無法者は無法者だ。」
話の輪郭が徐々に見えてきた。
「つまり、フロウは穏健派で、過激派に追い込まれているってこと?」
「そういうことだ。俺たちは、法で裁けない悪を裁く。弱気を助け、強気を挫く。そういう理念で動いているからよ。だから、許せねぇのさ。罪もないやつから奪い取ってくゲッターの過激派連中は!」
フロウは強く拳を握りしめている。
彼の熱意は、本物だ。なるべくなら、助けたい。
だが、ボクらに、いったい何が出来るんだろう。
それに、一刻も早く師匠のところに向かわなければならない。
「頼む!過激派の連中を黙らせる手助けをしてほしい!無論、報酬は支払う!」
フロウは勢いよく頭を下げる。
随分と断りづらい空気を作られてしまったが、無理なものはどうしようもない。
ボクは素直に諦めてもらおうと師匠の事をぼかしつつ、事情を説明した。
「助けたいのは山々なんだけど…、僕達はある人を探してて。直ぐにでも【クリソプレーズ】に行かなきゃ行けないんだ。」
すると、フロウはキョトンとした様子で告げる。
「あぁ、ブラストのことか。」
「なっ!」
「ギルド内でその名前を口にしてたじゃないか。俺は耳が良いんでね。」
ボクの感じたあの視線は、どうやら勘違いじゃなかったらしかった。
彼は、いつの間にか届けられたブラックコーヒーを一口啜り、言葉を続ける。
「あんたら、あの姉さんから聞いたかい?まぁ、聞いただろうな。目撃情報の提供者だが……ありゃ、俺だ。」
「え!?」
ディアは目を見開き驚いている。きっとボクも同じ顔をしていることだろう。
「く、詳しい話を聞かせてください!」
思わぬ収穫に、ボクは持っていたオレンジジュースを零しそうになりながらも、身を乗り出す。
「落ち着けって。そうはいっても、姉さんに伝えたこと以上は知らないさ。……あぁ、そういえば、1つだけ。俺には、何かを待っているように見えたな。何度も、国境トンネルの辺りをうろついていたし。俺の部下が【クリソプレーズ】にいるから、定期的に見てもらってるんだ。ブラストと言えば有名人だし、なにか飯のタネになるかと思ってな。で、その結果、毎日、行動パターンは同じで、夜に徘徊し、昼になると姿を消すようなんだ。」
そこまで伝えて、彼は、大口を開けてサンドイッチを頬張った。
師匠はやはり、人目を避けているのだろうか。
だけど、何故【クリソプレーズ】から離れないのだろう。
待っているのは、一体―。
「すぐに会いに行きたいのは分かるが、今はやめといた方がいい。タイミングが悪い。先日、ギルド内でこんな通達が準備されていた。」
「『高濃度魔種混合爆発が起こる危険性について』?」
「これは未発行の政府の通達ですね。では、今【クリソプレーズ】は……?」
「まだ、入れるだろうが、アンタらが到着する頃には、立ち入り禁止区域になっているだろうな。ここから歩いたら、20日はかかる。【フライバード】を利用するにしても何時間かに一回休む事を考慮すると、2日はかかるだろう。もう通達は行ってるだろうしどのみち間に合わない。まぁ、いくらなんでも爆発が起きる可能性のあるタイミングで、わざわざ国境越えを選ぶとは考えにくい。何かあっても俺の部下に追わせておこう。……さぁ、これで手放しで協力してくれるか?」
有無を言わせないフロウの雰囲気に流されて、ボクは協力を了承してしまった。
「だけどちょっとだけ待って!これからボクのダンジョンに【益魔】が届くんだ。そっちの管理を先にさせてほしい。」
「もちろん、構わない。じゃあ、【グロッシュラー】で落ち合おう。街に着いたら、酒場の店主に俺の名前を出してくれ。案内するように伝えておく。」
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