第10話 到着!カルセドニー!
ダーティアを拠点とする商売人に「最も外すことのできない街は何処か」と訪ねれば、まず間違いなく名前が挙がるのが【カルセドニー】だ。
石の防壁がグルっと一周囲んでおり、その街並みは外からは確認することが出来ない。
追い詰められた場所がよかったのか、特にあの後、他の魔物に襲われることもなく、ボク達は【カルセドニー】にたどり着くことができた。
入口前には列が出来ていた。どうやら入るには手続きがいるようだ。
さっそく列に並ぶと、ボクは初めての都会を前に気持ちが昂ぶっているのを感じる。
「壮観だなぁ!クラフターの人が作ったのかな?」
石壁を見上げ、少年は目を輝かせる。
「いえ、その昔、魔種を扱えなかった時代に、各国の王より更に上の方、初代の大王様が職人に作らせたそうですよ。」
「え!?こんなに大きいものを!?」
見ればそれは、キャノンエレファントの体躯を優に超える大きさで、魔法もなしでこれを作り上げた先人に尊敬の念が溢れてくるのを感じた。
そんな事を話しているうちに、アルク達の順番がやってくる。
「ディア、契約獣って入れるのかな…?」
連れてきたはいいものの、入れるかどうかを確認していなかったので、直前になって不安になってきてしまった。
「普通は連れ歩かないので分かりませんが…ペットのようなものですし、恐らく大丈夫かと。受付に確認してみてください。」
「わかった。ナイン!絶対に羽を見せちゃ駄目だからね!」
「キュキュー。」
ボクが釘を刺すと、ナインは元々小さい羽を折り畳み身体にピッタリと貼り付ける。
羽の裏側は、身体の色と同じ為、ここまでやればバレないだろう。
門脇に併設された窓口に近づくと、人の良さそうな柔和な笑顔のお兄さんが応対してくれる。
「ようこそカルセドニーへ!こちらに名前と年齢、来訪した目的を記入してください。」
彼は紙とペンを手渡すと、名簿をパラパラと捲り何かを調べはじめる。
ボクは初めての事に、戸惑いながらも必要事項を記入していく。
目的は…『師匠探し』と書くわけにもいかないよね?『仕入れ』と記入しておくことにしよう。
「…はい。次はディアだね。」
「いえ、私は通行証を持っていますから。ここにはよくクリスチャン様と一緒に買い物に来ていたので。」
「あ、そっか。…そうだ!受付のお兄さん!」
「…はい、なんでしょうか。」
ボクに呼ばれたお兄さんは、書類作業に没頭していた為か、少し面倒そうに応対する。
「契約獣って一緒に入っても大丈夫ですか?」
「契約紋さえ見せていただければ構いませんよ。まぁ、サイズにもよりますが。」
それを聞いて安心したボクは、ナインをフードから出すと、お腹の契約紋を見せる。
モゾモゾと嫌そうにしているが、少しの辛抱だからと説得すると渋々大人しくしてくれた。
「はい。確認できました。種類は…リザードドッグ…でしょうか?随分と小さいですね。」
「あ、はい。どうも亜種みたいで。たまたまボクに懐いたもので、それで…。」
若干しどろもどろにはなってしまったが、それを不慣れだからと捉えたのか、特に訝しまれることもなく納得してもらえた。
「雷の国の方の亜種ですかねぇ…。行商人にくっついて来ちゃったりとか、たまに、あるらしいですよ。」
書類に記入しながら、受付はそんな事を教えてくれた。
「はい。もう入っていただいて結構ですよ。宿は居住区付近の【ブラウンダスト】をお使いください。次の方どうぞー!」
それだけ伝えると、彼はそそくさと次の業務へと移った。
ボクらは邪魔にならぬようその場をたつと、開け放たれた大きな門をくぐる。
そこには、大変な賑わいを見せる行商区が広がっていた。
何処かから漂う香ばしい肉の焼ける香りが肺を満たしていくのを感じ、食欲が刺激される。
何か食べたいな、なんて考えて周りを観察すると、あちらこちらで必死に呼び込みをかける商人が人々の雑踏に負けじと声を張り上げている。
「安いよ安いよ!カルセドニー名物『フレッシュラビッツの野菜サンド』はいかがかね!!」
「腹が減ったら『グレートピッグのローストポーク』で決まりだ!」
美味しそうなものが沢山あって目移りしちゃうなぁ。ディアはいつの間にか野菜サンドを購入していた。
―悩んだ末に、ボクは『ボムポテトスティック』を買ってみた。
歩く人たちの邪魔にならないよう、道の端に移動して、早速、食べてみる。
カットされているため非常に手に取りやすいが、少し長いため、2回に分けて口に運ぶ。
ポテトのホクホクとした食感に少しの塩気が効いていてしつこくない。
いくらでも食べられそうだなと思いながら、噛んでいると、数回噛んだところで、ボフッと口いっぱいにポテトの風味が爆発したかのように広がった。
あまりの勢いに鼻にも一気に抜けていったが、そこに、不快感はなく、寧ろ香りを楽しむために何度でも爆発してくれと感じてしまう。
これが、後引く旨さと言うやつだろうか。
ボクはどんどん口に運びながら、ディアに話しかける。
「
「口の中に物を入れながら喋らないでください。」
ディアは呆れた様子で、ボクに水を手渡すと意味自体は伝わっていたのか話し始める。
「ダーティアの商人という商人が集まっていますからね。ここに店を構えてる人達は勿論、行商人なんかも大勢来ますし、それ目当ての冒険者なども訪れますから。」
そんなディアの説明を聞きながら、水を流し込んだ。後、3つくらいは買ってもいいかもしれない。
ボクらは食べ終えると再び歩き出す。
ディアに白い目で見られたので、追加でポテトを買うのは諦めた。
先程の場所から進んでいくと、左を見れば武器屋のオジさんが商品の武器を振り回して演舞を見せてアピールしてるし、右を見れば防具屋のオジさんがどこから連れてきたのか、筋骨隆々の大男に自慢の装備品を着せて、これ見よがしにポーズを決めさせていた。
その宣伝効果はそれなりにあるのか、どうやら飛ぶように売れているようだった。
「ギルドに登録して冒険者になると、ああいう仕事も貰えるらしいですよ?」
ディアがコソッと教えてくれる。
それを聞いて、自分が鎧を着るところを想像してみたが…まさに服に着られているという言葉がピッタリで、すっ転ぶところまで想像した所で、考えるのをやめた。
「うーん、ボクには向いてないかなぁ。」
そう言ってボクは苦笑する。
そうして行商区の中ほどまで来ると、ディアがある店を指さした。
「さぁ着きましたよ。ここが、ダーティアの全クラフター御用達の益魔屋!【ナーサリーライム】です!」
ボクがその指先を視線で追うと、そこにあったのは石造りの丈夫そうな二階建ての建物で、看板には【Nursery Rhymes】と非常に達筆な文字で書かれている。中からは、何処か懐かしささえ覚えるようなカビ臭さが漂う。外に出された立て看板には、いくつかの宣伝文句が書かれていた。
「『益魔といえば、ナーサリーライム!クラフターならぜひ一度ご来店を!』、『モグリになりたくなければナーサリーライムは押さえておけ!』…なんか、随分主張が激しいね。」
「あー…、店主さん、少し変わった方なので…。あ!私!情報収集にいきますから!後で、宿で落ち合いましょう!それでは!」
ディアが急にそそくさとその場を離れようとするが―。
「おぉ、来たね。『お得意さん』。そんなに慌てて行かなくてもいいんじゃないかい?」
その声にビクッとしながら立ち止まるディア。
なんだか様子がおかしい気がするが、どうしたのだろうか?
ボクが心配していると、声の主が店の中から現れる。どうやらご老人のようだ。
「何も取って食いやしない、茶ぐらい飲んでいけ。」
老人は、ボクらを店の中へ促すと、また店の中へ消えていく。
「ディア?お爺さん行っちゃったよ?」
ボクが声を掛けると観念したのか、ディアは覚悟を決めた表情で振り返る。
「アルク。心してかかりなさい。彼はマッドサイエンティストですからね!」
ボクはもう少しこの言葉を、真に受けて聞いておけばよかったと後悔した―。
☆
店内に入ると、そこはまるで実験施設のようで、試験官の中に色とりどりの液体が入ってるものや、謎の動物の頭骨が置いてあったり。かと思えば、そんなに線がついてて絡まらないのかと、不思議になるくらい色んな線がついた装置があったり、今は空のようだが、つい最近まで何らかの生物が居たであろう、いくつかのショーケースのようなものもある。生物を扱う店なら当然の事ではあるが……。
どれもこれもが見たことないものばかりで、ボクの中で好奇心が顔を覗かせる。外まで漂っていたカビ臭さは、中に入ると、意外と気にならなかったが、代わりに甘い香りが部屋中を満たしていた。
「カタログから必要なもんを選びな。」
そういってお爺さんは僕に向かって一冊の薄い冊子を投げ渡す。
ボクはそれをなんとかキャッチする。
急に投げ渡されると心臓に悪いよ…。
「すまんすまん。その辺に椅子があるから、適当に腰掛けてくれて構わんよ。」
見ると近くに、ソファらしきものがあるが、その上には乱雑に物が置かれていて、そのままでは座るスペースはない。こんな雰囲気で本当に客は来ているのだろうか…。
「ディア、ここ、ホントに大丈夫?」
「腕は確かですから、ご安心ください。」
しかし、ディアの表情は明らかに何かに怯えた様子であり、ボクはこのお爺さんが何をしでかしてきたのか、気が気じゃなかった。
とりあえず邪魔な物を避けて、椅子に座る。
カタログを開くとそこには色々な【益魔】が書かれている…が、値段が何処にも書いていなかった。
不思議に思ったが、ボクは取り敢えず元々決めていた物を注文してみる。
「すいません、ミルクスライムと、フラワーヘッジホッグをお願いしたいのですが。」
「あぁ、構わんぞ。」
ボクの注文を聞くとお爺さんはゆっくりと近づき手を差し出す。お金を求められてると思って、財布を取り出し、手渡そうとした所で、値段が書かれていない事を思い出した。…いくら渡せば良いんだろうか。戸惑っているボクの様子を見て、お爺さんは理解できてないことを察したようだった。
「あぁ、ディアから聞いてないんだね?ここでは普通の金貨なんかは使えないよ。代わりに君の一部を頂く。」
ボクの一部!?ディアの方を見ると、ゲッソリとした顔をしている。今ディアがここにいるってことは命の危険はないんだろうけど…。
老人は、どこから取り出したのか、ハサミと綿棒のようなものを持っている。
「なぁに、ちょっとばかし、髪の毛と口の中の細胞をいただくだけじゃよ。望みの注文ならそれくらいで充分じゃ。」
ハサミを握る手がブルブルと震えているのをボクは見逃さなかった。
ボクは嫌な予感がして、ソファから立ち上がりお爺さんから後ずさる。
しかし、すぐ後ろにショーケースがあるせいで、徐々に近寄ってくるお爺さん。
その周囲からはお酒の臭いが漂ってくる。
「おじいさん!か、顔が!顔が怖いです!」
「なにを失礼なぁ!とにかく逃げずに座らんかい!」
「そうはいっても!そんな状態で来られたら!逃げたくもっ!なりますっ!ディ、ディア!!なんとかして!!」
ボクは抱き着くように迫ってくるお爺さんの猛攻を掻い潜り、ディアの近くへと戻っていく。
すると、ディアは颯爽と立ち上がり―。
「さぁ!一思いにやってしまってください!」
ボクを羽交い絞めにした。
……ん?
「ちょっと!?ディア!?」
「すみません、私の髪の毛を、もうこれ以上、この変態ジジイに取られたくないのです。私のために犠牲になってください!」
涙ながらに語るディア。だが、人の不幸は蜜の味とはよく言ったもので。
その口元には笑いを隠しきれていなかった。
「うらぎりものぉ!」
「出かしたディア!そのままにしておれ!」
お爺さんが飛び上がり、勢いよくボクに迫る。
嘘でしょ、まって!このままだと!!
シャリ―。
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