第9話 ピンチ!?悲劇のドーン平原!

 荒い息遣いが、洞窟の中に響く。

 ここまでくれば、もう安全だろう―。


 そう思ったのも、束の間。


 怒号とも叫びともとれる鳴き声が、夕日の差し込む洞窟を震わせる。


「ま、まだ怒ってるみたいだ…!」

「お、おおお、落ち着きましょう!まずは、ひとまず息の根を止めて!」

「それじゃ死んじゃうよ!息は整えて!吸って、吐くんだ!」


 恐怖からワケのわからないことを口走るボクらの元に、どんどんと近づく巨大な足音。


 怒り狂ったキャノンエレファントはもうすぐそこまで迫っていた。


 何故、こんなにも怒り狂っているのか―。


 話は、1時間ほど前に遡る。


 ☆


 カルセドニーを目指し始めて、2日が経過した。

 地図で見るのと実際に歩く事がこんなにも違うかと、ボクは辟易していた。

 移動にジャックを使えないことが、ボクらの道のりをより険しいものとしていた。

 というのも、この辺りの生物は気性が荒く、ジャックを見ただけで暴れ出すかもしれない。

 無論、ジャックのスピードなら追いつかれず駆け抜けられるが、興奮した生物が他の人たちを襲ったらマズイと考え、徒歩で移動することにしていた。早いところ、空の移動手段を確保して置かないとなぁ…。


 とは言えないものは仕方ないので、自分を鼓舞し、気分を変えるためにディアに話しかける。


「ディアは風の魔種を操るってことは、ウィンディアから来たんだよね?」

「はい。そもそもエルフは、寿命が尽きると魂が風の国に還り、神木として生まれ変わるのです。そうして、神木に実がなり、その実が育ち…そうしてエルフとなる。…故に、エルフは風の国からしか生まれないのです。」

「じゃあ、エルフって果物とか植物に近いんだね!」

「…まぁ、そうなりますが、せめて精霊のようだ、とか…あまり草花と一緒にされるのは…プライドが……。」


 ディアは、肩を落としながら地面を見つめた。


「あ!いや、ごめん!そういう意味で言ったんじゃ…!」


 旅をすると、自然と会話が増え、お互いの話もするようになったボクら。

 修行していた頃は、あまり接点がなくて、ディアに対して、なんとなく近寄りがたい雰囲気を感じていたけど、一緒に過ごすうちになんとなく前よりは話しやすく感じていた。


「アルク様は—。」

「ちょっと待って!そのアルク様ってやめてほしいんだ!ボクの方がずっと年下なんだし、ボクは弟子だけど、ディアの主人じゃないんだから!」


 それを聞いた彼女は、思案するような素振りを見せる。しかし、ボクの必死の説得がおかしかったのか、彼女は、笑顔を見せた。


「…わかりました。ではアルク。…人の短い寿命で、貴方は何をしたいと考えますか?」

「短いって…そりゃ、エルフに比べたら50年なんて、大した長さじゃないかもしれないけど…。」


 いきなり踏み込んだ質問を投げかける彼女に、面食らったがその真剣な眼差しを見て、ボクは思わず考え込む。

 自分のしたいこと。

 考え出すとキリはなかった。

 師匠を探す。クラフターとして師匠を超える。

 母に楽をさせてあげる。美味しいものをいっぱい食べる。唸りながら、ぐるぐると考え続けるが全部やろうとすると一体いつまでかかるやら。

 ボクが唸り続けていると、彼女は見かねて声をかけてくれる。


「時間が有限である以上、出来ることは限られています。そのこと、お忘れなきように。」

「んんん〜。わかったよ。ちゃんと考えとく。」


 そう答えたものの、答えにたどり着けないボクは、ああでもないこうでもないと歩きながら考えてしまう。


 すると―。


 グニッと、パンでも踏んづけてしまったかのような感触を脚に感じる。


 ん?と思い足元を見ると、そこには長い鼻が投げ出されており、横たわった巨体に繋がっていた。


 どうやら踏んでしまったのは、お昼寝中のキャノンエレファントの鼻だった。整備された道の途中に居るとは思わず、ボクは慌てて飛び退く。

 幸いな事に鼻は感覚が鈍いのか、起きることはなく事なきを得た。


 ディアは顔面蒼白となり、口をパクパク動かしながらゆっくり離れるように促す。


 ボクもその危険性は承知していたので、ゆっくりとその場を離れようとする。


 後少し…もうすこし……。


 ―が、やっと離れられるというところまで来て、いつもよりフードが軽いことに気づく。


 ―ナインが、いない。


 声を出して探すわけにもいかず、辺りを見回して探すと、直ぐに発見することが出来た。


 ―最悪の形で。


 ナインはいつの間にか、キャノンエレファントの近くをパタパタと飛んでいた。


 契約したボクの恐怖や焦りがナインに伝わったのか、怒っている様子だった。

 契約紋から伝わってくる感情を言葉にするなら

『主人に舐めたマネしやがって。』だ。

 高く飛び上がったナインを見て、アルクはこの後の事が容易に想像できて心の中で叫ぶ。


『ナイン!戻れ!』


 しかし、反応がない。

 激昂した気持ちをぶつける為、どうやらボクの呼びかけを拒否したようだった。

 この後起こる悲劇を想像し、ボクはディアの手を取り走り出す。

 そうして、キャノンエレファント目掛けて降る流星の如きそれは―。


 見事に当たって、弾かれた。

 走りだしていたボクのフードにスッポリと帰ってきたナインは非常に満足そうであり。


 パモォオオオォオオオオ!!!


 対照的に、被害者キャノンエレファントは怒りのぶつけどころを、ボク達に定めて突進してくる。


「何してんだよナインのバカ!!」

「あ、あ、アワワ…」


 ディアの普段の冷静さが微塵も感じられない様子に違和感を覚えるアルクであったが、それに構っていられるような状況ではなかった。


 ☆


 そして、現在に至る―。


 なんとか逃げ込んだ洞窟の中だったが、このままではこの場所ごと破壊されそのままボク達の墓となることは、火を見るより明らかであった。


 ボクは、決心して立ち上がると、入口の方へと向かう。


「ディアは待ってて。」

「なにをするつもりですか!危険です!」

「怖いんでしょ?…キャノンエレファント。」


 その言葉に、ディアは言葉を詰まらせる。


「……。」

「大丈夫!きっとボクがなんとかするから!」


『大丈夫!きっと俺がなんとかしてやる!』


 まだ幼い少年の面影に過去に同じ言葉を掛けてくれた自らの主人の姿を重ねたディアは、コクリと頷き送り出した。


「…全く、いい気なもんだよ。」


 やるだけやって眠りこけてるナインをフードから取り出すと、彼女に預ける。


「ナインを頼むね。」


 それだけ伝えると、ボクは外へと駆け出した。




 ―洞窟の外に出ると、そこには今にも突っ込んでやると言わんばかりの巨体が聳え立っていた。


「ごめんね、気持ちよく寝てただけだったのに。」


 最早、自分たちの命が天秤にかけられている時に、選択の余地はない。

 ボクはジャックとハーツに呼びかける。すぐさま姿を現した2頭の獣は、ボクを守るようにして前へと躍り出る。


「ハーツ!ジャック!悪いのはボクなんだ。だから―。」


 イジメたら駄目だよ。

 主人の優しさに応えるように、2頭は目で返事をすると、キャノンエレファントに向き直る。


 膠着した空気―。

 間合いを確認し、ハーツとジャックが二手に分かれながら、ゆっくりと巨体の側面に回る。

 未だ、怒りに支配された獣は、その空気に耐えかね、ボク目掛けて突っ込んでくる。


 突進しながら長い鼻を振り回し、側面の2頭を寄せ付けぬよう、突っ込む。


 ハーツとジャックは動かない。

 これは危機ではないと、端からわかっているかのように。


 アルクは指先を地面に向けると―。


「ブレイク!」


 クラス3の魔法を解き放つ。

 それは、指先を向けた対象の無機物を破壊する。ただ、それだけの魔法。


 地面を抉るように破壊すると、めくれ上がった部分に手を当て、もう一度魔法を唱える。


「ユニオン!フォロー!」


 ただの土塊でしかなかった物が、結合し、徐々に形を成していく。


 みるみる内にそれは巨大な壁となり、キャノンエレファントは思い切りその壁へとぶつかり、自らの勢いがダメージとなって帰っていく。


 振り回していた鼻が土壁の側面から投げ出され、ボクの横まできて勢いを失い落ちる。残った風圧が、ボクの髪を揺らした。


「あ、危なかった…。今だよ!」


 痛みに戸惑っている隙を突き、ジャックとハーツがその足を目掛けて噛みついた。


 …しかし、厚い皮膚に阻まれてその攻撃は、キャノンエレファントを止めるには至らない。


 振りほどこうと、必死に巨体を震わせたそのパワーは、殺さぬよう加減しているジャックとハーツを吹き飛ばすには十分な力だった。


 吹き飛ばされた2匹は、なんとか空中で姿勢を整えると、すぐさま飛びつけるよう着地後、体勢を低く保った。


 吹き飛ばされたジャックの方までアルクが駆け寄ったのを見て、キャノンエレファントはすぐさまこちらへ駆け出してくる。


「ブレイク!」


 キャノンエレファントの足元の地面が砕け散り、体勢が崩れる。それを好機とみたハーツが背後から飛びかかる。


「駄目だハーツ!」


 ボクの声が届くよりも早く、尻尾がハーツを打ち付けた。ハーツは吹き飛ばされると、土壁にぶち当てられる。

 殺気に敏感なエレファントウルフがハーツの攻撃に気づいて倒れながらも反撃してきたのだ。


「ハーツ!!」


 大きな音を立てて倒れるキャノンエレファント。

 ハーツはなんとかよろよろと立ち上がると、無事であることをボクに示す。


 ホッと胸をなでおろしたのも束の間、ジャックが吠えた事で、戦いはまだ終わってないんだと現実に引き戻される。


 鼻が短く縮むと、寝た体勢のまま、大きな音と共に大砲が打ち出される。

 キャノンエレファントの名前の由来ともなっている攻撃である。


 ボクが背に乗ったのを確かめると、ジャックは素早く身を躱す。


 ボクはその弾にブレイクを試してみるが、生物の一部とも言えるそれは破壊することはできなかった。


 何度も放たれる弾のせいで、迂闊に近寄れずにいると、近くを通った弾から跳ねた何かが、顔に付着した。


 強烈な匂いを発するそれを嗅ぎ、キャノンエレファントの特徴を思い出して閃く。


「ジャック、アイツの側面に回って!」


 ボクの指示に、ジャックは弾を避けながら斜めに走り、距離を詰める。なんとか立ち上がろうとしているキャノンエレファントの真横に来た時、ボクは巨体の前足2箇所を指さす。


「ブレイク!!」


 足元の地面が崩れることで体重を支える事が出来なくなり、再び巨体が倒れ込む。

 一方で、過剰な魔種の操作により頭痛に似た痛みがアルクを苦しめるが、それに構わずアルクは指示を飛ばしていく。


「ジャック!アイツが立ち上がる前に、目の前に行くんだ!」


 アルクの指示が飛ぶよりも速く、ジャックはキャノンエレファントの前へと躍り出る。


 先程までと同じ、大砲を打たれた並びになる。


「そのまま飛びかかって!!」


 空中では身動きが取れない。

 必然キャノンエレファントは、好機とばかりにその砲身をジャックへと向ける。


 ―それこそがボクの狙いだとも知らぬまま。


「今だよ!ハーツ!!」


 アルクの作戦を、契約紋を通じ受け取っていたハーツは、その声に合わせて


 弾が暴発し、その余波はキャノンエレファントの体内へと広がる。


 堪らずキャノンエレファントは暴れるが、暫くするとピクリとも動かなくなった。

 華麗に着地したジャックから降りてキャノンエレファントに近づくと、涙を流して気絶しているようだった。


「アルク!!」


 戦いの音が止んだことで、終わりを予感したディアがナインを抱えたまま駆け寄ってくる。


「キャノンエレファントは…っ!気絶してる……。」

「へへへ。」


 ボクは誇らしげに胸を張るが、波のように襲い来る頭痛に、思わず顔が歪んだ。


「どこか怪我をしたのですか!?」

「違うよ!ちょっと、…無茶しただけ。」


 ディアを心配させまいと気丈に振る舞うが、疲れは隠せるものではなかった。


「まだ実力もそれほどでもないというのに……無理しすぎです。しかし、一体どうやってキャノンエレファントを?」

。キャノンエレファントの放つ弾はフンと胃液の混合物だから。」

「食べさせた?」


 キャノンエレファントの鼻は、排泄の役割を持つ。

 食べたものは鼻腔に蓄えられ、残りカスとなった物が胃液と混ぜられ、弾となる。


 その為、彼らの鼻には嗅覚が存在せず、仮に鼻に溜まったり、詰まったとしても、それはなんら影響しない。


 ―しかし、今回のように暴発した場合は別だった。


 弾けたフンは、蓄積された分も合わせて口内へと押し戻される。


 嗅覚がない分、味覚が鋭敏なキャノンエレファントは、あまりの不味さに気絶してしまったというのが事の真相だった。


「クリスチャンには感謝しなきゃね。味にうるさいって教わってなかったら思いつかなかったよ。」


 そういって笑うボクの顔を見て、なんだか懐かしそうな顔をするディア。


「(ブラスト様も、無鉄砲で、いつも一人で何とかしてしまう人だった…。)」


 ディアが何を考えているか分からず、ボクが不思議そうな顔をしていると、彼女の胸元でナインが騒ぎ出す。

 パタパタと飛び出すと、キャノンエレファントの上に立ち、まるで自らが倒したかのように振る舞った。


「ナイン!ったく、ホントにもう。」


 ボクとディアは、それを見て心から笑い合うのだった。



 ―その様子を遥か遠くの木の上から見つめる影があった。


「面白半分で見物させてもらったが、ガキにしてはなかなかやるじゃないか。…念の為、報告しておくか。」


 すると、一陣の風が吹き、草木を揺らす。

 次の瞬間には、影は姿を晦ましていた。


 ☆



「ところでディアはなんでキャノンエレファントが苦手なの?」

「あー、えっと、そのぉ…。」


 随分としどろもどろになっているディアに、ボクは続く言葉を待つ。


「じ、実は…初めてここに来た時、ブラスト様がキャノンエレファントに乗せてくださったのですが…」

「えぇ!凄い!」


 ボクは目を輝かせる。

 あの巨体から見る景色は、きっと壮観に違いない!

 ボクが期待に胸を膨らませていると、ディアが更に続ける。


「調子に乗ったブラスト様が、大砲の雨だー!って言い出しまして…空めがけて、無理矢理打ち出させまして……そしたら、その1つが…うっ」

「わぁー!いい!もういいよ!ごめん!」


 こうして師匠を殴る理由が、ひとつ増えたアルクなのだった。


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