第7話 能ある鷹の、隠された爪
―アルクは、頭を抱えていた。
何故?どうして?
疑問は頭の中に溢れかえってくるが、それに反して答えは1つも湧いてこない。
何故かボクは―。
「キュキュ!」
このトカゲモドキに懐かれていた。
勝手に食べた保存食が美味かったのか?
怒った事で認められたのか?
堂々巡りになるのを悟り、ボクは考えるのをやめた。
ハーツの歩調が緩まるのを身体で感じて、目的地にたどり着いたことに気づく。
ブラストの屋敷。
使用人たちに事の顛末を話さなければならない。
師匠が何処かに連れ去られたことを。
ハーツに一言お礼を告げると、元の場所へと帰してあげる。
トカゲモドキはいつの間にかボクのフードの中で眠りこけていた。
師匠について、うまく説明出来るかどうかわからないけど、それでも話さなくちゃ。
師匠を思うとまた涙が出そうになるので、深呼吸をして、気持ちを落ち着かせ、屋敷の門をくぐった。
☆
「なんと…そのようなことが。」
使用人の中で1番の古株、クリスチャンはボクの拙い話にも、相槌を打ちながらゆっくりと耳を傾けてくれた。
彼は顎髭に手を当て、何事か思案すると口を開いた。
「…アルク様、貴方はどうするおつもりですか?」
「3年待てって、師匠は言ったけど…ボクはすぐにでも!」
クリスチャンは元々シワが刻まれた眉間に、更にシワを寄せるとため息を付いた。
「3年後…その意味が理解できてないご様子ですな。」
そう言われ、冷静に考えてみるものの、答えは1つしか見つからなかった。
「…ボクが一人前になれるまでの修行の時間でしょうか?」
ボクはそれ以上の意味を思いつかなかった。そして、自分はそんなに長い時間がなくても、一人前になんてすぐなれる、とそう思っていた。しかし、そんな気持ちが透けて見えたようで、クリスチャンは思わず笑顔を見せた。
「若いですなぁ…あまりにも。」
ボソリとそう呟くと、言葉を続ける。
「アルク様。3年後、貴方はいくつになりますか?」
「え?10歳、ですけど…あっ!」
考え至ったボクの様子に、クリスチャンは満足そうに微笑んだ。
「正式に魔導師として働ける歳、ですね!」
「その通りでございます。因みに、国境がどのようになっているかは、ブラスト様からお聞きになっておりますかな?」
「えっと、確か、2つの魔種が自然に混ざることによって、不思議な自然現象が起こる場所だって。」
座学の時間を思い出しながら喋っていると、何だか気持ちが軽くなって、少しだけ楽しい気持ちが湧いてきた。
「そうです。そして、そこは正式な魔導師とその護衛のみが通ることを許されています。つまりアルク様。今の貴方は、旅をしても、ダーティア内をうろつくのが精々ということです。それに、ブラスト様が死ぬわけじゃないと言ったのであれば、それなりに思惑があっての事と考えます。」
その言葉を聞いてボクは、口元に手を当てて俯く。すると、パタパタと羽音をさせて、目覚めたトカゲモドキがボクの頭の上に乗っかった。
あまりに勢いよく乗るものだから、思わず前に転びそうになってしまう。
「キュッ!」
挨拶をするかのように声を上げたその生物を見て、クリスチャンは不思議そうに目を丸くした。
「アルク様…?この生物は、いったい…。」
「戻ってくる時についてきてしまったんです。リザードドッグの変異種でしょうか…?」
モノクルを両の指で支え、顔を近づけて不思議生物を観察するクリスチャン。
しばし観察した後、クリスチャンは指輪の宝石部分をカチリと回すと、喋りかける。
「ディア!至急、応接室に来なさい。貴方に見てもらいたい生物がいます。」
少しの間を空けて、指輪から声が聞こえる。
いくつか2人は会話を重ねた後、暫くするとノックの音が聞こえ、扉のノブが回った。
「使用人、ディア。只今、参りました。」
それほど大きな声でもないのに、凛とした声は、部屋中に響いた。腰のあたりで一纏めにした長い黒髪を揺らしながら、2人の座っている場所に歩いてきた。
「それで、執事長?件の生物とは…。」
「声に魔種が乗ってしまっているぞ。そのエルフの悪癖は直せといつも言ってるだろう。」
半分くらいしか空いてなかった目を丸くして、しまったという顔をすると、口に手を当てる。
咳払いをすると、喉を整え、改めて彼女は口を開く。
「失礼しました。件の生物は…、アルク様の頭の上でくつろいでる方ですね。」
前足、後ろ足全てをだらんと投げ出して、ボクの上に乗っていたソイツを、ディアは両手で持ち上げると、上下に回したり、左右に向けたり、羽をつまんだり、尻尾を引っ張ったりと、凡そ生物を扱うそれではない調べ方をすると、一言だけ、呟いた。
「かわいい…。」
かわいい?
「…はっ!失礼しました。この方は、恐らく……【竜】じゃないかと。」
クリスチャンとアルクは顔を見合わせる。
リュウなどという生物は聞いたことがなかったからだ。
「お二人が知らないのも無理はありません。私の先代の
ディアの懸念はその通りであり、竜という単語と同じく、聞き覚えのないものだった。
「今から遠い昔のことです―。」
☆
世界の始まりには、何も有りませんでした。
ある時、空間に裂け目ができたかと思うと、そこから煌びやかな鱗を持つ、一匹の龍が姿を現しました。
その龍が脱皮をするかのように鱗を散らすと、その鱗は星々となり、その痛みで流した涙は、一つの星に落ち、それが海となり、大地となり、生命となり、今の人間たちを生み出したのです。
☆
「これが、創造龍神話です。昔はこの龍を信仰する宗教などもあったようですが…。今では、淘汰されてしまったようです。」
そこまで言い終えたところで、紅茶を口に含んだ。
「えっと、それでこの生物が、そのそうぞうりゅー?だって言うの?」
ボクが疑問を口にすると、ディアは首を横に振った。
「いえ、創造龍神話はあくまでおとぎ話のようなものです。ですが、実際に、このモデルになったであろう生物が、昔は各所で生息していたと聞いています。きっとその生物の末裔でしょう…。この先は、私の予想でしか有りませんが…。」
ディアは少し言い淀んだが、意を決したかのように口を開いた。
「私の森は、昔、焼かれてしまいました。首謀者は捕まりましたが、何も語ることもなく、処刑されたと聞いています。……国は何かを隠している気がするのです。あちこちに居た竜や、私のいた森が焼かれたこと。長い歴史や強い種が滅んだことが、無関係だとは…!」
クリスチャンが、スッとディアの口に指を当てる。
「ディア。…教えてくれてありがとう。だが、それ以上は口にしないほうが良い。…二人とも、よく聞きなさい。この子の件は、リザードドッグの亜種ということにしておきましょう。竜の存在は、きっと混乱の種にしかなりませんからね。」
クリスチャンは、窓の外を眺めながら、どこまでも先を見据えて告げる。
「…アルク様。これから、修行を積むおつもりですよね?」
振り返ったクリスチャンに対して、ボクは首を縦に振る。
それにニコリと微笑んで返してくれた彼は―。
「私の元で、修行なさい。ブラスト様には劣りますが、多少の心得はあります。」
ボクはまだ師匠のお屋敷で学べるかもと思うと、気分が高揚した。
「いいんですか!?でも、師匠がいなくなって、これからダンジョンの管理も大変なんじゃ…。」
「ブラスト様が居なくなるのは、何も初めてじゃありませんから、お気になさらず。このような事態のためのマニュアルは、既に用意してありますから。」
ふと、ディアの顔を見ると、どんよりした表情をしていた。それ程内容の濃いマニュアルなのだろう。少し泣いているようにも見えた。
「さて、後はその子の件ですが。…契約は出来そうにないのですか?そのままでは、何かと不便でしょう。」
「うーん…。」
リュウに手をかざし、契約する時と同じように手を額にかざすものの…。
「キュー!!」
抗議のつもりか、手にしがみついてきてしまった。
「駄目みたいですね。離れる気はなさそうですし、とりあえず、名前だけ。」
アルクが、リュウを抱き上げる。
「キューって鳴いてるから…君の名前は、ナインだ。」
すると、その瞬間に、床に魔法神が現れ、風が部屋中を駆け巡り、ボクの髪が逆立つ。
気づくと、ナインのお腹には、ボクの契約紋が中途半端に刻まれていた。
「あ、あれ?さっきは駄目だったのに…。」
「名付けが鍵だったようですね。ですが、契約紋の状態を見る限り、恐らく条件が複数あるタイプでしょう。」
珍しいことですが、と続けてモノクルを持ち上げる。
「そっか…。でも、少しでもボクのことを受け入れてくれてありがとうね。これからよろしく!ナイン!」
その言葉にキュー!と元気に返事をするナイン。
アルクとナインの出会いは、必然だった。
その理由がわかるのは、彼が立派に成長した、まだほんの少し先のお話―。
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