第5話 ブラスト、過去を想う
ヨアケドリの鳴き声で目を覚ます。
珍しく早起きしたボクは、何故だか妙な胸騒ぎがして窓を開けた。
外の空気を吸い込んでみても、いつものような空気の美味しさを感じることが出来ない。なんとなくジットリとした湿気が朝の空気に混ざり、不快感を強めている。
そのまま外を眺めていると、砂原に向かう入口の方から何かが村に入ってくるのが見えた。
目を凝らして見てみると、それは見慣れた姿形をしているようでー。
「師匠…?」
ボクは着替えもせずに外に飛び出すと、師匠と思しき影に近づいていく。
近寄るほどに鮮明に見えたそれは、師匠に似てはいたが、全身茶色の塊であった。
師匠の魔法で生成された【ゴーレム】だと気づいた瞬間、全身から汗が吹き出してくるのを感じる。
師匠の身に何かあったんだー。
上がる息。開く瞳孔。
そんなボクの様子など意に介すこともなく、ゴーレムは師匠の声で一言だけ発した。
✩
ジメジメとした空気が纏わりつく中、一人の男が壁伝いに進み続ける。
月明かりすら入らないダンジョンの奥。ランタンの灯りを頼りに進んでいくが、分かれ道もなく、一本道の通路が続くばかり。
クラフターが作ったにしては、あまりにシンプルな構造に違和感を覚える。
アルクを家に送り届けてから、俺はすぐに発見したダンジョンに戻って来ていた。
最初の違和感は入口が大きすぎたことである。
入口が大きい理由として考えられるのは、とにかく全て大きく作ることで、こんなものも作れるんだぞと力を示す意味合いか、そもそも大きな入口でないと使用できないかのどちらかだろうと考えていた。
後者の場合、このダンジョンの主が、俺たちの村に奇襲を仕掛けることー。
それにより、弟子やその家族が危険に晒される事を俺は危惧していた。しかし、彼がこのダンジョンに戻った理由は、それだけではなかった。
自らのルーツを知ることが出来るかもしれないと考えたからである。
【ブラスト】として生活するまでの記憶が、俺にはなかった。
記憶の最初の1ページからずっと白紙が続いて、途中からは、アルクの父親であるアレンさんとの記憶が綴られている。楽しいことも、苦しいことも、全てはアレンさんと共にあった。
失った過去に未練はない。
そう思ってはいたが、何かずっと拭い去れない不安のようなものだけが心を縛っている気がしていた。
自分の記憶に微かに触れてきたこの場所に、解放される為のヒントがあるんじゃないか。
そんな事を思わずにはいられなかった。
☆
歩き続けた俺を迎えた最奥は、何もなく、何処までも暗く、吸い込まれそうなほどに高い天井があるだけだった。
「何も…ない、か。ただの勘違いだったかな。」
ため息を付いて、踵を返そうとした時。
大きな音を立てて、部屋の扉がゆっくりと閉まっていくのが見えた。
「しまっ…!」
走って戻ろうとするも、その足にはいつの間にか枷が嵌っていた。もがく程に、その枷は深く食い込み、痛いほどに締め付ける。
「ぐっ…!!チキショウ!」
身動きが取れない俺を嘲笑するようにゆっくりと閉まる扉。
枷を伝い、魔力の電撃が走り、立っているのもままならなくなる。
「ぐわぁぁぁぁあぁぁあぁぁあ!!」
焦り、油断。普段であれば必ず警戒していた筈の事を気持ちの逸りから怠っていたことを後悔する。
このままではどうにもならない事を悟った俺は、扉の先を目掛けてクラス6魔法「ゴーレム」を使用する。
ゴーレムは自分の意志を土人形に宿し、託された魔種の尽きるまで命令を遂行させる事が出来る魔法である。
「ゴー…レムよっ…!」
電撃で皮膚が焦げたのか、嫌な匂いが鼻をつく。
「アルクにっ…伝えろ!俺を探すなと!!」
頼むぞ…、と、そこまでは声にならずに喉元で溶けていった。
ゴーレムは主からの命令を受けて動き出す。
その様子から魔法が問題なく成功したことに安堵し、気絶してしまうブラスト。
黒く、見たこともない材質の扉は―。
―まるで棺のようだった。
☆
陽の光を、砂原の砂粒が照り返し、少年を熱気で苦しめる。先程までの湿気が嘘のような乾きに、喉を潤そうとして水筒に伸ばす手が止まらない。
「俺を探すな!!」
それだけ伝え、崩れ去っていくゴーレムを見届けることもせずに駆け出すと、家に戻り、身支度を済ませて母や、師匠の屋敷の使用人たちに、事のあらましを伝えた。
勿論強く引き止められたが、ボクは頑として聞かなかった。ハーツを呼び出すとその背に乗る。後ろで未だにボクを引き止める声が聞こえたが、知らないふりをして一目散に駆け出していった。
ボクの性格上、大人しく師の帰りを待つだけの自分を想像するだけで、耐えることが、出来なかった。
舞い上がる砂埃も気にせずに、ハーツは走り続ける。契約紋を通じて、パートナーには主人の気持ちが流れ込んでいく。
大切な誰かを失うかもしれない。
その気持が痛いほど良くわかるハーツは、全力を尽くしたいという気持だけが、心の全てを占めていた。
その気持ちもまた、ボクに流れ込んでくる。
「ありがとね、ハーツ。」
触り心地の良い毛並みを撫でると、息も絶え絶えにもかかわらず、彼女は軽く返事をしてくれた。
師匠の居場所には、心当たりがあった。
ジャックを助けたダンジョン。
あの奥を見つめる師匠の目は、何処か遠くを見ていて、今にも駆け出してしまいそうだった。
きっと、あの先に師匠はいる。
ボクはそう確信し、ハーツと共に先走る気持ちに追いつこうとするかのように速度を一段と上げた。
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