第4話 アルク、初めての契約(2)
スナクジラを優に超える速度で
サンドウルフは地を駆けていた。
口に1つの獲物を咥えながら。
その意図が分からず、ボクは運ばれながらも首を傾げた。
「うーん…サンドウルフって各々食料を確保するから、その場で食べちゃうって聞いてたんだけど…。」
最初こそ騒ぎ立てたボクだったが、諦めると案外どうでも良くなるもので、今ではすっかり冷静になっていた。
親猫に連れて行かれる子猫みたいだなぁ、なんて考えていると、遂にその足が歩調を緩める。
完全に止まると、フードがよだれでびしょ濡れにはなってしまったが、解放された。
そこにあったのは、崩落したダンジョンだった。
瓦礫で入口は塞がり、草やツルが周囲に纏わりついていない様子から崩落したのはつい最近だということがわかる。
「君はここを見せたかったの?」
サンドウルフに問いかけるが、答えはない。
ウロウロと辺りを歩いては、止まり、歩いては、止まりを繰り返す。
「ここが巣だったのかな…」
ボクが入口に近づくと、微かな音が聞こえた。
音の発生源が分かりづらく、周囲を耳を澄まして歩き回ると、それは、どうやらダンジョンの中から聞こえてくるようだった。
住み着いた魔物の声かと少し警戒しながら、そっと耳を押し当てるとそれは、犬とも猫ともとれぬか細い鳴き声に聞こえた。
瞬間、ボクはサンドウルフの真意を理解する。
「この中に、君の子供が居るんだね!?」
その場に座り込むと、サンドウルフは尻尾をパタつかせて、ワフッ!と返事をした。
大きな尻尾が砂を巻き上げるのをみて、間違いない事を確信したボクは入口の方に向き直る。
サンドウルフは通常、自ら穴ぐらを堀り進み、そこを寝床とする。
その為、仮に崩落するような場所で生活をしたとしても、自分達で魔法で爪を強化し、掘り進めることで抜け出せる為、生き埋めになることはない。
しかしそれには、例外があった。
出産した個体の場合、子に自らの魔種を確実に受け継がせる為、乳に体力、気力、魔力と言ったものを全て傾ける。子のために、正に「心血を注ぐ」のである。
「今、助けるからね!」
ボクは、瓦礫の1つに「フォロー」を使用してみる。
徐々に小さくなっていく瓦礫。そのおかげで、少し隙間が出来たかと思うと上から別の瓦礫がなだれ込んできてしまう。
負けじと落ちてくるものを、次から次へと変化させていくものの、下手に変化させると全て崩れて最悪ボクも瓦礫の下敷きになる可能性がある為、場所を選びながら慎重に作業せざるを得なかった。
「これじゃ、いつまでかかるかわからない…!」
サンドウルフの子供がいつから乳を飲んでいないかわからない事が、ボクの気持ちを逸らせる。
もし、今にも餓死してしまうような状態であったなら…時は一刻を争っていた。
「フォローを一気に全てにかけられれば…でもこんなに大量のものに一度でなんて…」
アルクはいくつかの物事を同時に進める能力に長けていた。とはいえ、まだ子供。今はまだ2つ、3つを同時にこなすのが精々である。
その程度の数では、この数の瓦礫相手では、焼け石に水でしかなかった。
考えた末に、ボクは1つだけ思いつく。
「…これしかない。やるだけやってみよう!」
ボクが再び瓦礫に手をかざすと、触れている瓦礫は薄く伸びるようになっていき、瓦礫同士が接していた部分が結合し大きな1つになっていく。
接している2つの物をフォローで変質し、結合させる事を連鎖させていく。
2つの塊が大きな1つの塊に、またその1つが別の1つと結合し更に大きな1つの塊に。
息が切れ、汗が流れる。
かなり負担のかかっていることが、頭痛となって現れていたが、それでも、サンドウルフの子供を助ける為に、全力を尽くす。
最後の瓦礫が結合されたのを確認したボクは、気合いを入れるために、叫んだ。
「もうっ、ひとっ、ふんばりぃ!」
1つの大岩となった瓦礫を小さくし、直径2m程まで小さくしたところで
ーーアルクの意識が途絶えた。
☆
アルクを追いかけてきた俺は、目の前でアルクが大岩に押しつぶされそうになっているのを見つけた。何があったんだ!?とにかく、何とかしないと!!
ナイトオウルに俺の気持ちが伝わり、その速度を速める。
「(間に合え!間に合え!!)」
心の中で、祈る。
アルクの父の言葉が脳裏をよぎった。
「(ー息子を、頼む。)」
「アルク!!!」
俺は手を伸ばすが、その手は何も掴むことはなく。
岩は無情にも地上へと落下してしまった。
一足遅れて、地上へと降り立ったナイトオウルからフラフラと降りると、岩の前にへたり込む。
「ーーーっ!あぁぁあぁあァァァ!!!」
ようやく絞り出した声は、喉を傷つけることも厭わぬ絶叫。
俺は地面を握りしめ、やり場のない怒りを拳に込めて叩きつける。
その時ー。
ドサッ、と何かが落ちる音が背後から聞こえる。。
音を鳴らした正体を確かめようと振り返ると、そこにはだらしない顔をして眠るアルクとサンドウルフが鎮座していた。
「っ!お前…、アルクを助けてくれたのか?」
答えはなかったが、サンドウルフの後ろから何かが顔を出した。
それは、アルクに近寄るとペロペロと顔を舐める。
「んー、うー、ふへっ、ふへへっ、くす…くすぐったいよぉ…」
顔をビチャビチャにされたアルクが、ハッと目を覚ます。
「うわっ!き、君は?…あぁ、そっか!抜け出せたんだね…良かったぁ」
弟子の無事を確認して、悟られぬように袖で涙を拭うと、声をかける。
「アルク!無事でよかった!」
声をかけられて、ようやくアルクは俺の存在に気づく。子犬みたいなサンドウルフを抱き上げると、俺の元へと駆け寄ってきた。
「師匠!聞いてください、ボクこのダンジョンの入口の瓦礫、取り除いたんですよ!」
「そりゃすげぇな!あんなデカい岩を取り除くなんて!」
俺は改めて大岩を見やる。
決して小さい方ではない俺の身の丈を優に超える物を変化させたという事実に、弟子の成長を実感し喜んだ。
しかし、大岩に触れたブラストは気づく。
アルクが使用した魔法はランク1ではない。
「…お前がやったのは、土魔法ランク2「ユニオン」だ。別のものを元々1つであったかのように繋ぎ合わせる魔法。」
えっ、と弟子が声をあげようとするよりも早く、俺はアルクの頭を撫で回した。
「…やっぱりお前は、アレンさんの息子だよ。教えてもないランク2の魔法をやってのけちまうなんてな!」
俺が褒めるとふにゃふにゃの間抜け面でアルクは返した。さて、とブラストはサンドウルフに向き直る。
「助けてくれてありがとな!お前、アルクと契約してくんねーか?」
大きな身体を小さく縮こませて、己の子供とアルクを交互に見つめる。すると、子供の方がアルクから飛び出し、母の横で一声鳴いた。
すると、2頭一緒に、アルクの前に伏せてみせる。
「ふぇ?どういうこと?」
戸惑うアルクをよそに、サンドウルフの真意を理解した俺は、大笑いする。
ひとしきり笑うと、親子の気持ちを代弁した。
「スゲェな、いや、ホントに!…ようするに、気難しいサンドウルフの忠誠を一気に2頭も勝ち取ったって事だ!」
それを聞いてようやく自分に平伏してくれているということを理解したアルクは、慌てふためく。
「えぇーっ!い、いいの?ボクなんかで?」
オロオロしていると、背中をボンッと叩かれる。
「あまり謙るもんじゃないぞ。お前は主人になるんだ!もっとシャンとしてろ!」
その言葉に背筋を伸ばすと、アルクは覚悟を決めたように、2匹に近づく。親子の頭に両手を当てると、ボウッと火がつきまるで焼印のように契約紋が刻まれていく。火が自分の手を離れるのを確認してアルクは一歩下がった。
契約紋は、指紋と同じで皆それぞれ違い、アルクの紋様はハートと剣が合わさったかのような薄い青色の文様だった。
「さぁ、仕上げだ!最後に名前をつけてやれ!」
「ボクの最初のパートナー…契約紋から名付けるね。」
親ウルフの方を向き、名前を叫ぶ。
「【ハーツ】!」
高く遠吠えをすると、ハーツの周りに魔法陣が浮かび上がり、弾ける。
キラキラと舞い散る光が、契約の完了を祝福した。
「そして君が、【ジャック】!」
母を真似るように遠吠えをすると、ジャックにもまた契約完了の祝福が舞い散った。
ジャックは契約が終わるやいなや、アルクに近づき飛びつくとペロペロと舐め回した。
「うわ!やめろぉ〜!やめろったら〜!」
まんざらでもない様子で、ジャックに舐め回されるアルクを尻目に、俺はダンジョンの奥を見つめていた。
「しかし、一体何なんだココは…。」
ダンジョンには2つの種類がある。
1つは、魔物が作ったり混合された魔種の爆発現象などにより自然に出来上がった【天然のダンジョン】。
2つ目は、クラフターが作った【人工のダンジョン】である。
このダンジョンの入口の作りは、間違いなく後者のものであり、俺は何故かこのダンジョンを知っている気がした。
「……。」
「師匠?し・しょ・う!どうしたんですか?」
「ん?あーすまん、ボーッとしてた。」
「んー?まぁ、良いですけど…。それよりボク疲れたし、お昼寝したとはいえ眠いです…、そろそろ帰りましょう!」
大きなあくびをかいたアルクを見て、俺は考えるのをやめた。
「わかった。それじゃ帰りはコイツを使おう。」
ブラストは腰につけたポーチから、2つの綺麗な藍色の石の欠片を取り出した。
「戻石(れいせき)ですね!」
投げ渡されたそれをアルクは問題なくキャッチする。
戻石とは、大元の石から欠片を割って持ち歩き、どこでも良いので叩きつけて割ると即座に元の石のある場所に戻れるという便利な道具である。
「それじゃ、ハーツもジャックも元気にしてるんだよ!困った時は呼ぶからよろしくね!」
そういって2頭の獣の見送りの中で、2人のクラフターは帰るべき場所へと導かれていった。
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