第3話 アルク、初めての契約(1)

 今日もブラストの屋敷では使用人が慌ただしく働いている。

 広いお屋敷を管理する他に、ブラストのダンジョンにそのまま繋がる【回廊】も複数ある為、そちらの警備や収穫も使用人の仕事だ。


 ボクは出された紅茶を一口飲む。

 少しの苦味の後、鼻に抜ける仄かな香りにうっとりしていると、師匠は告げた。


「アルク、今日はお前のパートナーを探すぞ。」


 ランク1の「フォロー」を習得してから1ヶ月。


 師匠曰く、ボクの魔種の使い方は少し乱暴らしい。

 精密な物を作ったり細かい操作が苦手で、代わりに大雑把にサイズを変えることを得意としていた。


「パートナーが何かは覚えてるな?」


 ボクは紅茶を受皿に戻すと、前に教わったことを思い出す。


「はい…パートナーとは契約獣のことであり、魔導士全般の護衛をしてくれる存在です…。契約方法は種族毎に違い、魔法と同じくランク分けされています。」


「その通り。俺達のようなクラフターは戦闘に向かない。だが、ダンジョンを狙って盗みを働く【ゲッター】って連中は後を絶たない。」


「ゲッター…?」


 ボクは聞き覚えのない単語に、首を傾げた。


「ん?まだ教えてなかったか。ゲッターってのは、傭兵やら、冒険者崩れの奴らだ。その辺の魔物にやられて、自暴自棄になっちまった奴らが多いみたいだが…だからって人のモノに手を出すのは許されねぇわな。」


 これまでに幾度も襲われてきた経験からか

 声には、同情の色と微かな怒りが含まれていた。


 ハッと我に返ると、空気を変えるかのように師匠は大げさに振る舞ってみせる。


「従って!クラフターは9割9分パートナーを持つ!お前もクラフターを目指すなら契約は必須ってわけだ!」


 ビシッと突きつけられた指を見つめながら、ボクはその候補になりそうな魔物を考える。


「うーん、そうなると、まずランク1のスライムやゴブリンからって感じですかね?」


 チッチッと舌を鳴らしながら突き出した指をメトロノームのように振ると、師匠は指を追加でもう一本立てた。


「いや、アルク!お前には最初からランク2の契約を狙ってもらう!」


 ☆


 ー夜 コルク砂原ー


「いつ乗ってもスナクジラは乗り心地がいいや!運転手さん!ありがとー!」


 運転手さんは片手でスナクジラのヒゲを持ったまま、黙って帽子をあげてくれた。


 暫くして、目的地に着くボクたち。

 舞い上がる砂埃は、まるで侵入者を拒むようで、ザリザリとした空気の感触が、喉の渇きを加速させる。


 通り過ぎていく、サボテンや、魔物の姿を楽しんでいたボクだったが、この時間ともお別れしなければならない。


「乗せてくれてありがとね!」


 ボクがお礼を言うと、大きな目をパチパチさせて尾ビレをあげ、身体の横から砂を吹き出した。


 師匠は運転手さんにお金を支払い席から降りると、引き返してしまって構わないと伝えた。


 またのご利用を、と一言だけボクらに声を掛けると、運転手はヒゲを軽く引き、来た道を戻っていった。


「アルク!ここが、コルク砂原だ!」


 降りた付近にはちょっとした池があり、そこの近くには幾つもの木が生えていた。


「砂原にも水源があるんですね!」

「あぁ、あの近くの木があるだろ?アレがワインや炭酸の瓶に栓として使われてるコルクの原料【コルク樫】らしいぞ。砂原中にそういう場所が点在してるらしくてな、そこからコルク砂原と呼ばれるようになったらしい。…まぁ、全部、お前の父親の受け売りだが。」


 ボクが、興味津々で聞いているからか、師匠は興が乗ったらしく歩きながら色々と教えてくれた。


 魔物は人の手が入った場所には基本的に立ち入らないらしい。

 これは近寄ると人間に討伐されることを長い時間を掛けて学習した結果のようで、餌となる動植物が近辺からは取り除かれてることも理由のようだった。とはいえ、残飯狙いのランク1の魔物が近寄ってくることもある為、完全に安全とも言えないらしいけど…。


 そういった魔物は食物連鎖から外れるだけの力しか持っていない為、コチラから攻撃しなければ襲われることはないんだそうだ。


 そのため、契約を行うべく魔物を探すとなると必然的に人里離れた場所に来る必要があった。


「さて、お目当ての奴は…」


 双眼鏡を取り出し、辺りを探す師匠。

 ボクも師匠にならって双眼鏡を取り出し、辺りを確認する。


「…!師匠!アイツでしょうか?」


 ボクが声を潜め、師匠に尋ねると

 彼はすぐにボクを抱えあげ、岩陰に身を潜めた。


「よくやった。アレが今回の目的の魔物ランク2【サンドウルフ】だ。」


 改めて双環境で一匹しかいないことを確認する。

 真剣な横顔を見ているうちに、ボクも気が引き締まっていく。


「気温の上がる時間は涼しい穴ぐらにこもって群れでいることが多い。夜は寝てる獲物に悟られぬように単独行動をする。契約するには絶好のチャンスってわけだ。契約方法は覚えてるか?」


 ボクはコクリと頷く。多分、緊張が顔に出ていたのだろう。その様子を見て、師匠はボクの肩を叩いた。


「大丈夫!お前なら間違いなくやれる!自信持って行って来い!なんかあっても絶対に俺が守ってやる!約束だ!」


 ドンと背中を押され、ボクはサンドウルフのいる方へと押し出された。


 ゴクリと生唾を飲み込みながら、ボクはゆっくりとサンドウルフに近づく。


 一歩、また一歩と近づく度にサンドウルフがカチカチと歯を鳴らして威嚇してくる。


 サンドウルフの契約方法は

【懐かれること】。


 薄くオレンジがかった毛はトパーズのように美しく、契約者に忠義を尽くすその性質からペットとして飼いたがる人も多くいるらしい。


 でも、この契約方法が問題で、単純な契約方法でありながら、サンドウルフ達が気に入る者達には、今のところ共通点が見つかっていないみたいで、諦める人もまた多いらしかった。

 ボクはどうすれば良いのか、必死に頭の中で考えながら、少しずつにじり寄る。


 師匠は、ボクになんだかすごく期待した眼差しを送っていた。


 その期待がどんなにボクにとってのプレッシャーになるか…。


 サンドウルフの近くまで、たどり着く。

 額から流れる汗を拭うことも忘れ、相手に興奮されないように落ち着いて行動することだけを心がける。


 いつの間にか威嚇を解いていたサンドウルフは、自ら近寄ってくるとスンスンとボクの匂いを嗅ぐ。


 ボクよりもずっと大きな図体を揺らしながら、周囲をグルグルと回る。


 そして、ついに背後で動きを止めたかと思うとー。


 カプッ、とフードに齧りつき、ボクを持ち上げ走り出した。


「うわぁぁぁぁ!!」


 ☆


「アルク!!」


 ものすごい勢いで離れていくアルクを見て、岩陰から飛び出した俺は、追いつけないことを悟り、契約獣【ナイトオウル】を呼び出した。


 腰につけたポーチから、おやつを取り出すと投げて与える。


 キレイにクチバシでキャッチするナイトオウルが食べてる間に、俺は背中に飛び乗った。


「悪い、急ぎだ!子供を咥えたサンドウルフを追いかけてくれ!」


 ホホーッ、と返事をするやいなや、巨大な両翼を広げ、数度羽ばたくと、天高くへと飛び上がる。


「無事でいてくれよ、アルク!」


 守ってやると宣言した言葉を裏切らぬ為にも

 俺は夜闇を駆け抜けていった。








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