第2話 蠢く寒天
リス獣人、リーデラは後悔していた。
昨晩精算した行商の売上を引き返してでも持ち帰っておけばこうはならなかった、と。
「せめてもの情けとして反省は聞いてあげるけど…これは、どういうこと?」
ばつが悪そうにしている、昨日その売上を精算したウェトンと、そしてその手に握られている謎の袋に目をやりながら、リーデラは圧をかける。
「え、えへ、だって、あの後…リーデラが帰ったのを焦ってたら、別のお客さんが…」
「…うん」
「話は聞いてた、癒しになりそうなアイテムが今ここに現品限りであるから買わないかって…だから、今買わないと無くなると思ってぇ…!」
「…はぁ」
あまりにも後先考えずに動くウェトンにため息をつきつつ、話を続ける。
「で、私の精算したお金を使ってそれを買ったと。」
「ご、ごめんなさぁい…!」
「ちょ、泣かないでよ!今の状況的に泣きたいのは私なんだけど…!?」
ぐすぐすと鼻をすすり始めたウェトンをなだめつつ、袋に目をやる。
「というか、買ったのはなに?流石に中身は確認してるよね?」
「ううん、お客さんがウェトンちゃんなら絶対喜ぶものって言ってたから…」
中身を見ずにものを買ったのか。それを問い詰めるとウェトンが本格的に泣き出しそうなので言葉を飲み込みつつ、袋を受け取る。
思ったより袋は質量があり、動かすたびしっかりとしたものが入ってる、というのはわかった。
「うん、空袋掴まされた感じではないわね。袋を触った感じだと、ケースに入った何かって感じがする。」
「でしょ?」
自慢げなウェトンに若干の苛立ちを覚えつつ、彼女は昔からそうだった、と言い聞かせる。
「……多分精算したお金全部払ってこれ買ったでしょ?それなら…ウェトンの部屋に泊まることにして、2人で中身は確認する、それで勝手にお金を使ったことはチャラにしてあげる。今日泊まる宿代と、あなたのその直観的に動く脳みそへの学習代ってことでね」
「言い方がキツイけど…わかった…今回はほんとに私が悪いし…」
一言多いような気もしたけど納得してくれたしなにより反省してくれたようだ。
ただ、リーデラには1つ不安な点があった。
物を買わせた客の言葉。「ウェトンなら」喜ぶという言葉だ。
なぜなら。
「ふふん…♩久しぶりにリーデラちゃんとお泊まり〜」
ズルズルと動くシッポ。そしてそこに規則的に並んだ青く光る鱗。そう。ウェトンの種族は半分が人間の特徴、そして半分が蛇の特徴を持つ、ラミアという種族だったからだ。
ウェトンの部屋に着いた。相変わらず買ったものだの掴まされたものだので溢れかえっているが、ウェトンのこだわりだろうか、散らかってはいるが一応ちゃんと所定の位置が決まっているため、生活するには問題なかった。
「さて、開けてみよっか」
リーデラは袋を留めていた紐をとき、中身を見る。
「へぇ、思ったより…良いもの入ってたわね。」
ガラクタが入っていたらどうしようかと思ったが、中に入っていたのは手のひらほどの大きさの、ガラスのケースに入った半透明ないくつかの固形だった。
一つ一つはステンドグラスのような清涼感のある青や緑、黄色で、中央にはフルーツのスライスや食用の花が埋め込まれている。側面に貼られたラベルから、すぐにそれは食用の寒天のようなものであることがわかった。
確かに見た目は「癒し」かもしれない。
でも…これがウェトンの好みに刺さるようなものかというと、ちょっと怪しい。彼女は食べ物は見た目ではなく味と量、と言った感じだからだ。現に今も、
「へぇー、食べ物なんだぁ、」
と言って速攻口に運びたそうにしている。ウェトンに商売を持ちかけるような客はウェトンがそのような人であることは知っているはずだ。
「ウェトン、台所借りるね、あなたも食べるでしょ?」
「わーい!じゃあ私はお茶入れるね!」
リビングとは違い給仕らしく整えられた台所に足を踏み入れ、ガラスケースを開ける。
「……えぇ」
ガラスケースを開けた途端、目を疑うことに、中に入っていた寒天たちが一斉に蠢き始めた。
なるほど。
スライム。動く不定形の液体のようなもの。それも人型にならず、知能をもたないとされている、意思疎通不可な駆除対象にあたる、いわゆるモンスターと言われる部類のもの。
おそらくこれにはそれが使われている。
そうなると寒天の中央にあるフルーツとか花も本来スライムが自分の体を固定する軸として鉱石やら石やらを飲み込み「コア」にする習性を利用して鮮度(おそらくスライムの蠢く細胞が死滅しないように)を保つために使用されている、というのがわかる。だから冷やす必要もなかったということか。
「……にしても…これは…」
うごうごと動くそれを皿に乗せたが…やはり食べ物というよりは生き物感が強い。
しぶしぶウェトンの所にそれを持っていき、テーブルに置く。
「すごい震えるんだねこれ、脆いのかな?」
お茶をカップに注ぎつつ、興味深そうに寒天をみるウェトン。
食べる準備がお互い済み、顔を見合わせる。
「で、もう食べていい!?」
「ウェトンはこういうの抵抗ないのね…どうぞ。」
若干引き気味のリーデラとは対照的に、
嬉しそうに皿に盛られた寒天を丸ごと1つ掬うウェトン。
こういう思い切りの良さ、勧められたものを抵抗なく食える純粋さが好かれて給仕が出来てるんだろう、とリーデラは思った。
そして自分も意を決して、寒天にスプーンを入れる。
「…止まった」
スプーンが中の輪切りに触れた途端、あれだけ動いていた寒天がその動きをぴたりと止めた。多分だがコアとなる食材に刺激が加わったことで、それまでまとまっていたスライムの細胞の統制がとれなくなってしまったからだろう。
食べるまでに水面のように動く、寒天の見た目を楽しむための演出だったということか…?
途端に普通の食べ物になったそれを口に運ぶ。
「…!?甘!?濃っ!?」
甘い。とにかく甘い。砂糖を煮詰めたようにそれは甘く、口溶けは良いもののその後にくる強烈な果物の香り。まるで蜂蜜で作った芳香剤を口に入れたようだ。
ウェトンがいれた紅茶をガブガブと流し込み、
甘さを中和する。それでも甘さは喉にこびりつき、あまり良い気分にはならない。
「ウェトン、やっぱりこれ掴まされて…」
「口に合わなかった?私はこれ好きだけどなあ」
何故この子はこんな平然として食えるんだろう。しかもこんな豪快に、飲み込むように…
「…あ」
そうだ。飲み込んでいるのだ。ウェトンはラミア。基本食べ物を飲み込んで食べている。蛇が獲物を丸呑みにするように。
「しかもこれ、喉越しも…手応えあって最高!」
そして蛇の部分の本能的にも、ウェトンにとっては捕まえた獲物を飲み込む感覚に近いらしく、その表情は生き生きとしていた。若干興奮してるのか食べ方もどことなく荒っぽく感じる。
「ごくっ…ふー、美味しい…今ちょっと美味しすぎてだらしない顔してるかも…」
捕食者の如く寒天を飲み込み、恍惚とした表情をするウェトン。そんな姿を見ていると、なんとなく齧歯目が蛇に飲み込まれる姿を想像してしまい、リーデラの肌には自然と鳥肌が立っていた。ウェトンが意思疎通不可能な種族だったら…考えるだけでも恐ろしい。
でも、これで理解した。
「んぐっ……ほんとだ、おいしい…」
ウェトンみたいにそのままの大きさ、ましてや動く状態で飲み込む勇気はなかったが、
喉に詰まらせないくらいの大きさにスプーンで掬った寒天をごくんと飲み込んでみると、
噛むよりも甘さは感じず、匂いもキツイと思うほどは香らずにとても美味しい。
風邪をひいた時にこれが出てきたらかなり楽だろう、とリーデラは思った。
「ふー……」
気づいたら2人は皿に載っていた寒天を全て平らげていた。
「美味しかったねー!」
「うん、それに…多分これはウェトンが居なければ美味しいと思えてなかったかも」
「え!私と一緒に食べた方が美味しいってこと??」
「……ほんと自己肯定感だけは高いんだから…」
「ねえねえ、どういうこと〜?ふふふ」
ニヤニヤと笑うウェトンを軽くあしらいつつも、
時間はゆっくりと過ぎていく。こんな時間もたまにはいいな、これは確かに「癒し」であると感じたリーデラであった。
あの寒天のカロリーが思った以上に高く、次回の癒し探しが強制的に運動になるということは神のみぞ知る。今のところは。
※現実世界の寒天は丸呑みすると喉に詰まらせる可能性があるので絶対に真似しないようにお願いします。
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