癒し巡りの獣人商人〜2人で探す至高の息抜き〜
ドロピケ
第1話 癒しを求める決意
リス獣人は疲れていた。
多種多様な種族が暮らす魔法と商業の国。その町の路地裏を歩くリーデラという名の彼女は、日も暮れつつある街の酒場に向かっていた。
行商人という仕事、その割に合わない小さな手足での長距離移動。陰口やひそひそ話、遠くから聞こえる怒号、なんでもキャッチしてしまう繊細な鼓膜。
汚い、手癖が悪いなどと揶揄される
(半分くらいは事実であるが、本来の動物のネズミについたイメージによる偏見であり、誤解であるが)
ネズミ獣人と体格や見た目が近いせいで転職するにも若干肩身が狭い。
肉体だけではなく精神的なストレスも過度にかかった状態のせいか、その足取りは重く、周りから見ても異様であった。
特に今日はあれが堪えた。
売らないといけない在庫が多くて焦り、自分がすこし強引に売り込みを行ったのも悪かったかもしれないが、
「ネズミの分際で付き纏うな!」
と怒鳴られて、商品を叩き落とされたのは商人としてのプライド、また、小さな獣人としての尊厳を大きく踏みにじられる、
(そもそもネズミでは無い上に、その発言もネズミ獣人に対して失礼だ。)
そんな出来事があったのだ。
嫌なことを脳内で反芻して渋い顔をしつつ、いつもより少し重く感じる酒場のドアを開ける。
ガラガラと少し乱暴なベルの音と共に、ガヤガヤと酒の出る場所特有のうるささが耳に入る。
これに関してはもう慣れたものだ。
まあ、ここも彼女は好きで入っている訳では無いんだけども。
「今日の売上、いつも通り精算して」
よじよじと椅子に登りながら貨幣がジャラジャラと鳴る袋をトンとカウンターに置く。
するとそれに気づいた女性が愛想良くこちらへと向かってくる。
「リーデラ、おかえり!いつも通り精算ね、なにか飲む?」
にこやかに笑う彼女は袋を受け取り、内容を数えながら問う。そう、ここは酒場兼商人の組合でもあり、ここで代金を精算して、行商人をするのにかかる税金や組合費、その他もろもろを引いてもらう事が出来る。リーデラの目的はそれだった。
「精算してから決める……」
「にしても、随分お疲れのようね……」
給仕のウェトンはニコリと笑うとリーデラの頭を撫でる。
「…っ!?ちょっ、幼なじみとはいえそういうのは店ですることじゃないし私そんな歳じゃない!早く精算して!そうしないと私、今日の飲み代決められないんだから!」
「ごめんごめん!にしてもどうしたの、かなりイラついてるように見えるけど……」
「……今日……」
吐き出すように今日あった出来事を話す。その速さはかなりのもので、聞くとうっとなるような暴言も含んでいたが、
ウェトンはいつもの事のようにそれを受け止め、ゆっくりと口を開く。
「リーデラ、最近頑張りすぎだよ……それに、愚痴る割には仕事仕事……って、嫌なことにのめり込んでる気がする。息抜きが必要だと思うよ。ココ最近……なにか仕事以外にした?」
「酒は飲んだよ」
「もう、それはここに来たついででしょ!」
「そうだけどもぉ……でも……」
その言葉をきいてウェトンは畳み掛ける。
「リーデラ、ストレスでもなんでも溜め込む癖あるよね、もちろん貯蓄も」
「……」
もごもごと反論したげなリーデラだったが、直ぐにその意味を理解した。
確かに、使ってない。発散していない。稼いではいたけど、漠然とした将来使うかもしれない、こんな物に使わずとも生活できる。そんなことを考えて自分に対する出資を疎かにしている。それによって身も心も削ってしまってはいけない。
ウェトンの言ってることは確かに正しかった。
「…………わかった。使う。でも、何に使って良いかわかんない。私一人だと多分足踏みして、多分何もせずに終わる。」
「えへへ、そういう時の私ってワケ!」
ウェトンは自慢げに鼻息荒く声を上げる。
「浪費の天才なんだから私!」
「それは誇れないでしょ!!」
その声に反応して周りがこっちを見る。
「ぁ……あ……スミマセン……」
リーデラは少し乱れた姿勢を正し、気まずそうに座り直す。幸いトラブルによる大声では無いとすぐに分かったのか、視線は散っていった。
「あはは、ごめんごめん……」
ウェトンは少し申し訳なさそうにしていたが、すぐに話を続ける。
「で、この酒場が夜に営業してるのは知ってるでしょ?昼間は閉じてるから暇なの、だから、リーデラの「癒し探し」に付き合ってあげられるよ?私、これでもお客さんの話聞くからいっぱい癒しがありそうなとこ知ってるし!」
「……ウェトンが面白そうと思うことに付き合うってこと……?確かにそれなら私が決める必要はないけど、若干そこに行くため、またはものを買うための理由付けとして利用されてる気もするような……てか癒し探しって何」
「ぎくっ、でも刺激になるしいいでしょ!」
「…………まぁ、でも何もしないよりはいいし、その提案、乗るよ」
古典的な図星である反応をされたが、今回ばかりは自分にもメリットはある。悪い提案ではなかった。
「わぁい!じゃあ決定!明日あたりにどう?」
「フットワークが私と違って軽すぎるのよあなたは……でも、それでいいよ、しばらく休んでなかったし。計画は任せる。」
「ふふ、期待しておいて」
「まぁ、うん。それじゃ、明日……」
酒場をあとにして、宿屋に泊まる。
「はぁ……」
整えられたベットに仰向けに寝て、ぼんやりと、灯るランプを見る。
決まった住処もなく、宿屋に泊まるのみが唯一の一人の時間であるリーデラにとっては、この時間が思考するのに適した時間だった。
にしても明日はどうなるんだろうか。
ウェトンとは長い付き合いだが、ちゃんとした息抜きとなる企画を立ててくれるんだろうか。若干の不安を抱えつつも、眠りに落ちようとする。
「でも……その前に……あかり、消さなきゃ……」
「……あ」
ランプの丸い光。光るそれを見て思い出す、丸くてぴかぴかのコイン。
「ウェトンの奴、精算したお金返してないじゃないの……!」
寝静まりつつあり、真っ暗になっていく夜の街とは対照的にリーデラのストレスは燃え盛る。
彼女の心が安らいで行くかどうかは神のみぞ知る。
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