第2話 便利だけどさ……
「ステータスオープン! ステータス……オープン。ステイタァース!オオオォォオ……うん、ダメだなこれ」
小一時間ポーズをキメたりイントネーションを変えたりしたものの一向にステータス画面は出てこない。よくよく考えるといくら剣と魔法の異世界といってもゲームの中じゃあるまい、ステータスなんて無くて当然なのだ。
(ステータス画面が無いなら次は魔法を使ってみるか? いや、ここはやっぱり)
神の世界で最強と謳われる能力、あの無の空間で女神が言った言葉がハルキの頭で反芻する。強大な武器はまだ必要無いが、能力は知っておいても損は無いだろう。もしワープのような能力なら戦闘以外でも異世界ライフを円滑に進めることが出来るかもしれない。ハルキは期待に胸を膨らませて必死に念じ始めた。
(こい、こい、こい、最強の力ぁああ!!!)
神の中でも最強、ハルキに様々な考えが巡る。自然現象を操る? 時間を操る? 精神操作もいいかもしれない、神なんだから破壊と創造とかも有り得る。スケールでかくしてビックバンを起こしまくるみたいな……いや待て、そんなの渡されても困る!
ハルキは怖くなってハッと目を開ける。普段から見慣れた自分の手、しかしそれにははっきりと、先程までは持っていなかった剣が握られていた。
ずっしりとした質感、軽く振ってみて分かる腕の負担、これはおそらく本物だ。
「剣……を出す力が最強? もしかして凄い剣なのか?」
ハルキは近くにあった木の幹に全力で剣を叩きつける。多少表面こそ削れるもののジーンと伝わる腕への衝撃に比べると成果など無いようなものだ。
「そりゃ普通の剣なら木なんて1発で切れないけどよ……そこは木でも切れる剣じゃ無いのかよ……!」
どうやら手に握られていた剣は普通の剣らしい。肉体が強化されている様子も物凄い切れ味を持つ様子もない。なんの変哲もない剣をただ生み出すだけの力、ハズレもいいとこだ。ハルキは途方に暮れながら木に肩を預ける。
「どこが神の世界で最強なんだよこんな力! 神が実は弱い存在なのかあの時の女神が性悪なのかどっちかじゃねぇか……」
吐き出してからふと、ハルキの脳裏に1つの仮説が思い浮かんだ。
(あの時の俺は色んな仮説の中で創造を考えた、それに反応して剣が出てきたとしたら?)
こうしてはいられない、ハルキは再び2本の足で自分を支えると手を前にかざし全力で念じた。
(創造、創造、創造! こいこいこいこい!!!)
そうして目を開くと……
「よし、やっぱり創造の能力!」
ハルキの手には前世で常飲していたエナジードリンクの缶が握られていた。牙のマークが描かれた縦長のパッケージ、『 ビーストエネルギー』。タブに指をかけるとカシュッと小気味いい音と共に甘い匂いが鼻をくすぐる。
「前世のものも創造出来るのか! 剣を生み出すだけのハズレじゃなくてちゃんと便利だなこれ! っあーうめー!」
もう二度と飲むことが出来ないと思っていた嗜好品の登場でテンションが上がりつつも、ハルキは確信を得るために再びその能力を行使してみる。
「一旦リュックと、あと水か、一応さっきの剣を入れておくための剣帯も欲しいな……スマホも作れるなら作ってみるか」
念じれば念じる度に手の平からポンポンと道具が誕生する。リュックもイメージ通りに異世界の冒険者っぽい革製で丈夫なデザイン。スマホは前世で使っていた物と同じものが生まれたが当然電波が繋がらずただの光る箱だった。
満足感を得たハルキだが少しだけ残念でもあった。相当便利なことに変わりはないが『 神の世界で最強』という謳い文句にしては思いっきり地味である。銃や爆弾も作れるのならば強くはあるのだろうが、それでも剣と魔法の世界ですぐに最強無双とはいかないだろう。
「なんかちょっと疲れたな……その木の奥に道が見えるし人里が見えるまで歩いて……」
そこでハルキの独り言は止まった。止めなければならなかった。森の間の大きそうな街道を挟んで逆側から真っ赤な目がこちらを見つめている。ゆっくりと近づくそれは逆側の森を抜け、街道へ。遮るものが無くなった日差しに照らされてその全貌が顕になる。
クマ、というのがおそらく最も近いのだろう。
顔こそ少し可愛げがあるものも獲物を睨め付ける真っ赤な目、ハルキの倍はあると思われる巨体に毛が生えているところまではハルキが知っているクマだがこいつはところどころ血でも塗ったかのような深紅の模様が見受けられる。
文字通り魔物、やモンスターと呼称するのに相応しい野生動物の登場にハルキは狼狽える。能力が判明する前ならば意気揚々と立ち向かえたかもしれない。だが、今は違う。戦闘が不可能で無いにしろ巨体の野生動物を倒せるかどうかも分からないような能力だと既に理解してしまっている。
一瞬、逃げるという選択肢が頭をよぎるもハルキはそれを掻き消した。そんなことは出来ないであろう事はあまり良くない頭で予想できる。ならばのうのうと喰われるのを待つか、そんなこと出来るはずがない。せっかく念願の異世界転生を果たしたのにここで終わる訳にはいかない。
そう考えると置かれている状況が憎たらしくて、次第に目の前の獰猛な視線を思いきり睨み返していた。
「こっちは今日転生してきたばっかなんだ、ここで死んでられるか! 俺は絶対死なないからな!」
腰の剣帯から初めて創造した剣を引き抜き、切っ先をクマに向ける。ハルキの人生初、魔物狩りが始まる。
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