転生者協会へようこそ

ぶるーばにあ

序章 剣と魔法の異世界へようこそ

第1話 ある事件の参考記録

 運悪く暴走トラックに轢かれ、気が付くと何も無い世界に立っていた。心当たりが無い訳でもない、なにせ頭の中では焼き付いた最期の光景が鮮明に流れるのだから。


「俺は、死んだのか」


 死んだら天国や地獄に行く、なんてことは思っていなかったが意識を持った状態で1人、こんな世界にぽつんと置かれるのは流石に勘弁だ。これならまだ閻魔様に拷問を受けた方が良い。


「おーい、誰かいないのかー! じいちゃんばあちゃん迎えに来てくれよ!」


 谺すらすることなくその声は白の中へと掻き消えた。死を迎えてなお、死を超えるかもしれない苦痛に苛まれる可能性にハルキの心が悲鳴を上げかけた時……


「悪いね、遅くなってしまって」


 声が、聞こえた。


 声の方向を見ると光が凝縮して人のカタチを取り始め、最終的に成人女性の姿に変化する。そして今まで白一色だった世界は一瞬にして色を帯び、まるでプラネタリウムのような1面の星空と化した。


「私は……分かりやすく言えば女神だよ。まずは今世お疲れ様」


 女神と言うにはどこにでもいそうな銀髪の女性は言う。部屋着のような服装も、目の下の隈も、まるで同じ人間のような彼女は何も無い星空に手をかざすとモニターのようなものを展開しスクロールとタップを不規則に繰り返す。


「女神様、俺……いや私はどうなるんですか?」

「どうって、死んだら何も無くなるに決まってるでしょ。まぁそんなこと私はさせないがね」


 ハルキの不安げな問いに女神はモニターを弄るとハルキに取って見慣れた文庫本を取り出した。


「キミ、こういうの好きなんだろ? うーん、未だ至らぬ人類の割には1つの時空アーキタイプに対する造詣はいいものを持ってる」

「それ、俺がよく読んでた……」


 ライトノベル。死んだ主人公が別の世界へ転生してその世界で成り上がって行くという、ファンタジー小説。思いがけない女神の行動にハルキはあっけに取られた。


「私はキミをコレみたいに転生させることが出来る。もちろん、特典はつけるとも」

「本当ですか! あ、一応転生しなかったらどうなるんですか? 実は転生しない方が天国で可愛い天使とキャッキャウフフできたり……」

「転生しなきゃキミはここでずっと独りだ。いずれ意識が希薄になって跡形も無く消滅してそのまま時空単位で輪廻する……もしかしてそっちの方がお好みかな?」


 いたずらっぽく嗤う女神にハルキは顔を横にブンブンと振った。年頃の男子高校生にとって非日常とは何としても手に入れたいものなのだ、それが叶おうとしているのにここで女神の機嫌を損ねるわけにいかない。そして何より白い空間で孤独になることへの恐怖がハルキを駆り立てていた。


「め、めっちゃ転生させてください」


 前のめりになって口にする言葉にもガタがではじめたハルキを笑いながら女神はまたモニターを弄り始めた。


「そういうと思ったよ、キミには神の世界で最強と謳われる能力と強大な武器も持たせよう。キミが亡くなったのはこちらのミスでもあるからね」


 ハルキは女神の嫌な笑みに気づくことは無かった。なにせ神の世界で最強、そして強大な武器、という単語はオタク男子であるハルキにとって心を踊らせるには充分な単語だった。既に脳内では強力な剣と魔法でドラゴンと戦うシミュレーションが行われている。


「それじゃ、準備が出来た。キミは予習も出来てるだろうしそこまで困ることもないだろうね。良い来世を、伊達遥希ダテハルキくん?」


 女神の言葉に返答しようとした時には、ハルキは森の中に立っていた。服装は前世で亡くなった時に来ていた制服に黒のローブを着させられている。これもきっとあの女神の采配だろう。何よりまずは五感で感じる違う空気、違う大地、違う植生。


「本当にしたのか……異世界転生!」




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