第5話 大学教授殺人事件⑤

「まず、自分の書いたレポートを印刷し、宮原さんが触るであろう部分に青酸カリをしみこませておいた。そして、毒のついた手の爪を噛み亡くなったというものです」


「確かにそれなら辻褄が合うな」

頷く岡山。


「三島さん、あなたのカバンの中身を見せてもらえませんか?畑中夏さんのお話だとお二人はずっと一緒におられて、レポート用紙を捨てる暇はなかったと思いますから」


三島はため息をついてバックを開けて紙の入った袋を取り出す。

「これです」


岡山が質問する。

「どうしてこんなことを」


「かたき討ちです。私の姉の美香も5年前、宮原の研究室にいたんです。ですが、宮原は姉のなすことを厳しく批判し姉は心を病んでいきました。そして、姉は退学にまで追い込まれ明るかった姉に元気がなくなり家族全体が暗くなっていって、心はバラバラになりました。まあ、姉にどう接したらいいかわからなくて、手を差し伸べることをしなかった私も悪いのですが。最終的には、3年前に父と母が離婚して本当にバラバラになりました」


部屋が暗い雰囲気になったところで木下が思い出したように尋ねる。

「もしかして、美香さんって新藤美香さんのこと?」


「そうですけど」


「何年か前に酔っ払った明子が言ってたの。『私はまた厳しくしすぎたのかしら。あの子にはもっと立派な研究者になってほしかった』って。酔いつぶれた後、『ごめんね、新藤さん』ってつぶやいてたわ。明子はあなたのお姉さんをいじめたかったんじゃない、成長させたかったのよ。明子を許してあげて」

木下は次第に涙声になりながら訴えかける。


「そんなことあるわけない!あったとしても、あいつのせいで私の家族が壊れたことには変わりないわ!」


急に扉が開きそこから山下が出てくる。

全員が驚いて山下に注目するなか、先に声を出したのは岡山だった。


「山下さん⁉」


谷口が岡山に尋ねる。「おいおい、今度は誰だよ」


「こちら、パン屋の山下みきさんです」


「え、パン屋?」拍子抜けした声を出す東。


周りの反応をよそに山下は三島に詰め寄る。


「あなたね!さっきから聞いていれば、自分勝手にもほどがあるわよ!」


三島は山下の迫力に固まってしまった。


「あなたは彼女が死んだことで悲しむ人がいることを考えたの?人が死ぬことで周りが変わってしまうことはあなたが一番よくわかっているはずよ!」


「分かってるよ!だけど、あいつは私たち家族を殺したの!私は一生懸命勉強してこの大学来てあいつの研究室入って、もう何年もあいつに復讐することしか考えてなかった!そのくらい私にとっては許せないことだった!」


三島の目線に合わせて山下は今度は優しい声をかける。

「そうね、あなたにとってはそれほど大きな問題だったのかもね。でも、復讐して何が生まれた?失ったものは宮原さんの命とその周りの人の人生、そしてあなたの人生。復讐なんかしてないで、家族ともっと向き合ってたら何も失わずに済んだんじゃないの?生きていたらどうしようもない理不尽に合うこともある。その中でどれだけ自分の人生を貫けるかが大事なんじゃないの?」


三島は何か思うことがあったのだろう。両目から大粒の涙が流れ出す。


「それでは、署までご同行を」

谷口と東につれられて三島は部屋を去った。


「もしかしたら、俺に厳しかったのも俺のためだったのかね……」

藤川も吐き捨てるようにつぶやいて部屋を出ていった。


「それでは、木下さんも帰っていただいて結構ですよ。お辛いでしょうけど、乗り越えられるように応援しております」

岡山が木下に同情の目を向けながらお辞儀する。


「ありがとうございました。刑事さんに、探偵さんに、山下さん」

寂しそうな背中を向けながら木下は部屋を出ていった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る