第3話 聖女の条件

 勝負は決した。


 元の世界で数億円は軽く超えそうな金銀財宝。そして絶世の美男子(×多数)を奴隷にできる権利。そこに30年は戻れないという条件を突き付けられたら、他に選択肢は無い。


 でも、なんだろう……何かおかしい。本当にみんな、金と男に魅せられているだけなの? 本当にソレだけで、今の状況を受け入れようとしているの?


「皆様の勇気あるご決断、聖ルシアノール教の枢機卿すうききょうとして感謝申し上げます」


 私は場の雰囲気に困惑する中、お爺ちゃん神父は深々と頭を下げた。


 お爺ちゃん神父って枢機卿だったのか……。確か枢機卿って、神父の中でもトップクラスの階級だよね? そりゃあ奴隷を斡旋するくらいの力はある……のか?


「それでは皆様には、聖女としての儀式を受けていただきます。儀式を受けることで、皆様は正式な七人の聖女に……」


 嬉しそうに説明していた枢機卿の笑顔が、一瞬で凍り付く。そしてポツリと呟いた。


「おい、どういうことだ……」


 瞬く間に張り詰める空気。側近と思しき一人が枢機卿の下に駆け寄った。


「なぜ八人もおるのだ」


 その言葉に側近が……いや、その場にいる全員が私達を見つめ、指を刺しながら人数を数える。私も周囲を見渡し、その場にいる女性を数えた。


 一人、二人、三人……。


 自分以外の女性は七人。確かに、全部で八人の女性がいる。


「コレはいったい……」


 先程までの歓迎ムードはどこへやら、神殿内が騒然とし始めた。漂う緊張感に、鼓動が高鳴る。なんだろう……なんだか嫌な予感がする……。


「先輩……怖い……」

「大丈夫だよ、紗羅。私が付いてる……」


 再び私の袖を掴む紗羅。私はその肩を抱き寄せ、神父達の様子を注視した。この不穏な空気……何が起こるか分からない。紗羅だけは私が護らないと……。


 やがて喧騒が納まりだし、完全な静寂となった。そして枢機卿がコホンと咳払いをする。


「皆様、大変申し訳ございません。どうやら転送術にエラーがあったようです」

「え……エラー?」


 私は思わず聞き返した。


「本来聖女としてお迎えする方の中に、偶々巻き込まれてしまった方がいらしゃるのです……」


 枢機卿は、そう言って私達を……いや、私を見た。


「不思議に思っていたのです……アナタ」

「え? わ、私?」


 その場にいる全員の視線が、私一人に集中する。


「なぜアナタのような方が、この場に居るのか」

「……どういう意味ですか?」

「神話によれば……聖女とは世界の闇を払い安寧あんねいをもたらす、『若く可憐な絶世の美女』とのことなのです」

「……」

「……あ~」


 って、「あ~」じゃないよ! 誰だ! 今納得したヤツ! 私は反射的に振り返った。そして気が付いた。


 確かに私以外の女性はみんな、タイプは違うが『美女』と言って差し支えない容姿をしていたことに。


 いやいや、私だって別にダメなわけじゃないよ? それなりだよ? 26歳だって十分若いし……っていうか、歳は紗羅とそんなに変わらないじゃない‼


「いや、我が聖ルシアノール教は美醜びしゅうで人を判断したりしません。しかし聖女の条件として考えると……」


 お爺ちゃん神父の目が、哀れみを含んでいるように見えた。


「ちょ、ちょっと待ってよ……」


 他の七人が私より美人なのは認める。聖女じゃないというのなら、それでも良い。でも、それなら……。


「それじゃあ私は、なんのために連れてこられたわけ?」

「それが転送術のエラーですな。おそらく、他の方の転移に巻き込まれたのではないかと……」

「他の転移者……」


 ふと、傍らの紗羅を見る。


 ……思い出した。私は気を失う直前、同じく出勤途中の紗羅に出くわしたんだ。そして挨拶を交わした瞬間、激しい衝撃を感じて……。


「それじゃあ私は、紗羅の転移に巻き込まれて……」


 ウソでしょ? そんなの完全にもらい事故じゃないの……。


「しかし転移術に巻き込まれた人間など聖書にも記載がない……なぜこのような事態になったのか……」


 首をひねる枢機卿。いや、訊きたいのはコッチだから。


「……じゃあ私は、この世界で何をすれば良いわけ?」

「残念ながら、選ばれた者しか聖女には成れませんので……」

「……成れませんので?」

「神殿を出て、一般人として生きていただくしか……」

「はぁあああああ⁉」


 今日一の大声が出た。いや、そりゃ出るでしょ。


「ちょ、ちょっと待って! こんな見知らぬ世界に放り出されて、普通に生きて行けって言うの?」

「そういうことですな」


 何が「そういうこと」なの⁉


「聖ルシアノール教は全ての信徒に寛容です。しかし信徒でない者は別。神殿への立ち入りが許されるのは礼拝時のみ。それ以外で立ち入ることは許されません。それは転移者と言えども同じこと。ゆえに……」


 枢機卿が三度目の指パッチンを鳴らす。次の瞬間、私は何者かに肩を掴まれた。反射的に振り向くと、体格の良い男性二人が私の両肩をガッシリと掴んでいる。


「アナタには、これ以上神殿内に居ていただいては困るのです」

「ま、待って待って!」


 私の肩を掴んでいた男性二人は、そのまま私を強引に引きずろうとする。


「いくらなんでも勝手過ぎでしょ! 勝手に巻き込んで勝手に放り出さないでよ!」

「申し訳ない、戒律かいりつを破るわけには参りませんので」

「じゃ、じゃあ信徒になる! 私、そのナンチャラ教の信徒になるから!」


 理不尽りふじんきわまりない話だ。正直、こんな身勝手な宗教になんて入信したくない。しかし背に腹は代えられない。私はまだ、この世界のことを何も知らない。いきなり放り出されても困る。


「信徒になれば神殿に居て良いんでしょ⁉」

「では、また一年後にお訪ねください」

「……は? 一年?」

「信徒となるには、まず一年間の喜捨きしゃ……いわゆるお布施が必要となりますので」

「……そ、そんな……」

「礼拝でしたら、いつでもお越しください」


 マズい。このままでは、本当に見知らぬ土地に放り出されてしまう。なんとかしないと……。


「あっ……」


 その時、私は紗羅と目が合った。そうだ……紗羅が世界を救う聖女だというなら、彼女にはそれなりの権力が有るはずだ。


「紗羅! お願い! 助けて!」


 私が涙目で訴えると、紗羅は困ったように私から枢機卿に視線を移した。


「あの……あの人は私の先輩で……」

「紗羅様……でしたかな? 残念ながら、聖女様と言えども戒律は守っていただきます」

「……で、でも……とても可愛がってもらってて……」

「どうしてもと言うのであれば、紗羅様には聖女の座を降りていただくしか……」

「先輩、ごめんなさい」


 枢機卿が言い終わる前に、紗羅は私に向かい頭を下げた。折れるの早くない?


「先輩、私……聖女としてこの世界の人々を救いたい。それが私の使命だと思うんです……」

「ウソつけ! 絶対イケメンハーレムが惜しいんでしょ!」


 思わずツッコんでしまった……。その瞬間、紗羅の口角が歪に吊り上がる。


「先輩、今までお世話になりました。この世界の平和は、私達に任せてください」

「ちょ、ちょっと紗羅……冗談だよね……」


 男達に引きずられる私に向かい、紗羅は小さく手を振った。


「さようなら、先輩♥」

「ウソでしょぉおおおお‼」


 私は冷ややかな視線を浴びながら、神殿から叩き出されたのだった。

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