第1話 困惑

 私の名前は師部いくさべアヤ。


 どこにでも居る中小企業の社ち……じゃない会社員。年齢は26歳。


 あれは、そう……いつもの時間に起床して、いつものようにパンツスーツに着替えた。そして会社へ出勤しようと自宅アパートを出た……その後だった……。


 正直、ハッキリとは覚えてない……。私はとつぜん、雷に打たれたような衝撃を受けて意識を失った。まぁ、雷に打たれたことなんてないんだけど……。


 そして目を覚ました私は、すぐに異変を察知した。周囲を照らす色とりどりの斜光。頬に伝わるヒンヤリとした冷気。そして微かに聞こえる、複数のうめき声……。


「う……ぅ……」


 床に伏していた私は、ユックリと上体を起こす。そして、痛むこめかみを押さえながら周囲を見渡した。


「コレは……」


 私の周囲には、何人もの女性が横たわっていた。肌の色や服装から、明らかに外国人と思われる人もいる。その中に、私は見慣れたスーツを発見した。


「アレは……」


 私はよろめきながら立ち上がり、見覚えのあるスーツ姿の女性に歩み寄った。そして、恐る恐る女性の顔を覗き込む。


「やっぱり……紗羅だ……」


 彼女は会社の後輩、雨宮紗羅あめみやさらだった。


「紗羅、大丈夫? しっかりして」


 私は紗羅の肩を軽く揺らした……しかし反応がない。脳裏に「死」の一文字が浮かぶ。


「紗羅!」


 私は彼女の耳元で声をかけ、強めに肩を揺さぶった。


「う……ん……」


 紗羅が呻き声をあげ、眉間にシワを寄せる。私はホッと胸を撫で下ろした。


「紗羅! しっかり!」

「ん……先輩……」


 紗羅は薄く瞼を開け、頭を押さえながらユックリと上体を起こす。キレイに染まったブラウンベージュの髪が揺れ、柔らかな香りが漂った。


 紗羅は同性の私から見ても、かなり可愛い。アイドルでも通用しそうなほど整った顔に、ケチの付けられないプロポーション。会社の男達を虜にしまくっているらしいけど、それも納得のルックスだ。正面から見つめられると、私でもドキッとしてしまう。


 ……今はどうでも良いか……。


「先輩……ここは?」


 紗羅がポツリと呟く。しかし、私が彼女の質問に答えられるはずもない。それでも先輩として簡単に「分からない」とは言えず、私は答えを探そうと改めて周囲を見渡した。


 先程よりは落ち着けているのか、少しずつ周囲の状況が理解できてきた。周囲に揺らめく色とりどりの明かりは、どうやら壁に設置されたステンドグラスのせいらしい。床には赤いカーペットが敷き詰められ、天井は一目では距離感がつかめないほど高い。壁際には豪華な調度品が並び、大理石製と思われる柱が並んでいる。


「ここって……教会?」


 確信はないが、昔テレビで見た教会とイメージが被る。それもただの教会じゃない。海外の国宝に指定されるような大聖堂だ。


「先輩……アレ……」


 紗羅の声に視線を戻す。紗羅は前方を見つめ、何かを指さしていた。


「何、アレ……」


 紗羅の指し示す先には、巨大な石像があった。それは翼を背負った女性の像で、片手に持った剣を高々と掲げている。神秘的にも思えるが、全長10mはありそうなほど巨大で、美しさよりも威圧感の方が勝る。いや、恐怖すら感じられた。


「やっぱり、ここは教会なの?」

「正確には神殿ですな」


 予期していなかった返事に、私の肩がビクリと跳ねる。


「ここは我が聖ルシアノール教の誇る第一神殿です」


 反射的に首をひねると、そこには数人の人影が見えた。皆が皆、紺色の法衣らしき物を身に纏っている。神父だろうか? 私の問いに答えたのは人物は、そんな神父集団の中央にいた。


 見た目は完全にお爺ちゃん。おそらくこの中で一番の権力を持っているだろう。なにせ明らかに装飾品の数が違う。指輪やらネックレスやらピアスやら……お爺ちゃんは、悪趣味にも思える量のアクセサリーで己を着飾っていた。


 シワだらけの顔に似合わず体格は良さそうだ。白髪白髭で髭は地面につきそうなくらい長い。何年剃らないと、あのレベルに達するのだろうか……。


「あ……あの……」

「おぉ……よくぞ我が呼び声に応え集まってくださいました。七人の聖女達よ」


 私が問い掛ける前に、お爺ちゃんはバンザイするように両手を上げ、芝居がかった口調で感嘆の声を上げる。


「……聖女?」


 私は気になったワードを自然と繰り返していた。


「そう、アナタ方は我々が異世界から召還した聖女様。この国の救世主なのです」


 またまた気になるワードが追加される。


「ちょ、ちょっと……」

「何それ! どういうこと⁉」


 とつぜん背後から大きな声が上がった。振り返ると、先程まで倒れていた女性達が全員起き上がっている。そして一斉に、お爺ちゃんに向かい声を荒げていた。まさに怒り心頭といったところ。


「……あれ?」


 その時、不可思議なことに気が付いた。声を荒げている女性は、おそらく日本人じゃない。なにしろ発している言語が日本語じゃないからだ。それなのに、私は彼女の言葉が理解できた。


 英検4級すら落ちた、ジャパニーズオンリーの私が……だ。


 そして、それは女性達だけじゃない。お爺ちゃんの言葉も同様だった。その不可思議な事実が、「異世界」という単語とリンクする。この不思議な現象を無理やり納得させる、便利な言葉……異世界ファンタジー


「落ち着いて下され聖女様方、これより説明させていただきますゆえ……」


 お爺ちゃんは荒ぶる女性陣をなだめ、ことの経緯を説明し始めた。専門用語が多く半分も理解できなかったけど、大まかな世界観は把握できた……と思う。


 ここは異世界にある、アルシオン王国のゼブルスという都市。ある日、聖ルシアノール教の教皇が「世界に未曾有みぞうの危機が訪れる」と神託を受けたらしい。教皇は来るべきラグナロクに備え、聖書にて伝えられてきた聖女を召喚しようと試みた。


 つまり要約すると……。


「この世界を救うためにアナタ達を異世界から転移させた。聖女になって、頑張って働いてね♥」ということだ。


 当然のごとく女性陣からブーイングが上がる。それはそうだろう。私だって納得いかない。そりゃあマンガとかアニメは好きだし、異世界に憧れたこともあるけどさぁ……。


「先輩、怖い……」


 隣で寄り添っていた紗羅が、私の袖をギュッと掴む。その手が僅かに震えているように見えた。その弱々しい仕草が、私の母性本能を刺激する。そうだ、先輩の私がシッカリしなきゃ……。


「いくら何でも横暴です、今すぐに元の世界へ帰してください」


 私は声を荒げるわけでもなく、ただお爺ちゃんの眼を正面から見据えて言い切った。そして、この場が異世界だと信じきっている自分に少しだけ驚く。後で「ドッキリでした」なんて言われたら目も当てられないな。


 お爺ちゃん神父は私の言葉に、少しだけ眉を潜ませる。


「聖女様方の想いはごもっとも。しかし神託によれば、この国が……いや、世界が直面する危機はもう目の前……申し訳ございませんが、何卒なにとぞご協力くださいませ」

「で、でも……」

「その代わり」


 私が言い返そうとした瞬間、お爺ちゃん神父は指をパチンと鳴らした。


 しばらくすると、神父集団の奥からフードを被った男性が木箱を抱えて現れる。男性は音もたてずに、私達の前に大きな木箱を置いた。


「聖女様達には何一つ不自由はかけませぬ、これはその一部なのですが……」


 お爺ちゃん神父に促され、フードの男性が木箱を開ける。私達は、その中身に一瞬で目を奪われた。


「これは……」


 宝箱の中には指輪やネックレスなど、様々な貴金属が詰め込まれていた。貴金属だけじゃない、ダイヤやサファイヤと思われる宝石も多数。これほどまばゆいという形容詞が似合う物は中々ないだろう。


 そして気付けば、貴金属の魔力は女性達の眼の色を変え始めていた……。

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