第11話 公文書を捨てるワークニにFFタクティクスは無理筋

どうもこんばんわ。間が空いてしまいましたね。ゲームの解説と言いながら、レトロゲームばかりなので年がバレそうです。アニメ、ゲーム好きが「若者」を名乗れなくなって何年経つのでしょう?(遠い目)


で、そのレトロゲームでも「ファイナルファンタジータクティクス」は、私の人生に一番影響を与えたと言っても過言ではないゲームです。それは言い尽くせない程です。ただ、反教権主義の内容がキツいのでうっかりと欧米人の前では要注意な作品です。ライシテ教のフランス人(ライシテはベルギーにもいるのは余談の話ですが)にはセンシティブにならないかも知れませんが。


そこで若干ネタバレになりますが、ファイナルファンタジータクティクスのゲーム全体が、オーラン・デュライによって書かれて公会議(教義決定のための教会会議です)に提出した文書が元になってるノンフィクションという設定です。


その数百年後にそれが、どこぞの修道院図書館の中から発掘されて出版されて物議を醸してるという設定です。


これを見て思いました。嗚呼、公文書を捨てるワークニなぞ「デュライ白書」(前述した公会議へ提出された文書。白書というのは政府の報告書などにも使われます。)なぞ無理筋なのではと?


オーラン・デュライが書いた「デュライ白書」がなければ、後の著述家のアラズラムは本を書けないのです。ちゃんとアーカイブされて隠匿されてたから書けるのです。ドキュメントがちゃんと残ってないと研究もできないのです。


残念ながら、ワークニでキチンとした文書主義を実践してる政党は、日本共産党だけです。旧ソ連時代のソ連共産党も、一般人に隠れてアレコレやってましたが、ドキュメントはしっかり残してました。


日本共産党が政権を取ると旧ソ連のような国になると心配する岩盤保守がいるそうですが、少なくともドキュメントはしっかり残す「ソ連のような文明国」になると回答した皮肉を言った人を見た気がします。


そもそも「デュライ白書」を元に書いたファイナルファンタジータクティクスの本という設定は、アーカイブが残ってるからできる事ですよ。ワークニも見習って下さい。


で、「デュライ白書」のキモは、正史では英雄扱いされてるディリータ国王(主人公のお友達)は、奸計で権力の座についたという事を暴露してる、教会政治の絵本のようなポピュリズムの事を言ってる内容です。


西側は、強権的なロシアと戦う自由と民主主義のウクライナのような、一般受けしそうなストーリーが好きですよね。


ディリータ国王の話もそういった、西側が一般層に流布したがるポピュリズムの事を言ってるんです(多分)


東側の国は、あまりそういった一般層を扇動するようなプロパガンダをあまりしないもので(一般層向けプロパガンダはやり方が異なる)、だから西側の価値観にどっぷり浸かってると怖い国に見えてしまう。


ディリータ国王の綺麗事の話は教会政治のポピュリズムだと言ってるのです。


なぜそれを暴露されると困るかといえば、ラムザの生きてた時代は諸侯達が群雄割拠していた時代から、国王による中央集権体制へシフトする時代だからです。(中央集権体制は、行政官僚制を伴うので、諸侯のせめぎ合いよりもその地域全土をカバーする教会組織の方があからさまに有利に働く政治体制だったりします。)


つまり現代で戦後の国際秩序の再編が起こってるように、ラムザの生きてた時代はリアルワールドでは16-7世紀頃に起こった事が13世紀頃に起きてるのです。


そのイヴァリース(主人公のいる世界)での国際秩序の再編が、実は教会主導の国際秩序再編キャンペーンだとバレたら困るから、「デュライ白書」は隠匿されましたと。大抵そんな話です。


現代日本も、アメリカの覇権主義の終焉で世界中で国際秩序の再編(国境線の引きなおし)が行われてるのですが、ラムザ君は目の前に困ってる人がいると助けずにはいられない性格なので(アルベール・カミュの「ペスト」に出てくる医師リウーみたいに)、それに巻き込まれて大変な事になってるワークニのような感じが何ともなのです。


ファイナルファンタジータクティクスは国際政治の教科書としても使える素晴らしい作品だと思われます。


ディリータは教会の犬ではなく、うまく利用してやった織田信長みたいな感じですが、実はうまく手の上で転がされてる孫悟空みたいになってるのが残念です。


それで、ディリータを操ってるのも、主人公ラムザをイヴァリースの国際秩序再編のために埋め込もうとしてるガフガリオン(の雇い主)も、これを動かす内在論理として、ストア派の哲学のこの世を劇に喩える思想がベースにあるような気がします。ストア派の哲学の世界観では、この世は全世界を巻き込む神が計画してる壮大な演劇です。そこに参画するのが生き方なんです。


ストア派の哲学者のエピクテートスは言います。人生は長い人と短い人がいるけれども、たとえ劇で一幕しか出番はなくても、それをしっかりと演じたなら、長いも短いもないのだそうです。


そのような内在論理が見えてきます。特に教会にも貴族社会にも距離を取ってるガフガリオンのセリフからです。


「ストア派おじさん」コンテンツ、こんな所に役に立ちます。


で、ラムザは自らの自由意志(と良心)を選び取って行くわけですが、アルベール・カミュの「ペスト」に出てきた、ペストは神の罰と語る「神強制」のパヌルー神父とは真逆のポジションにいます。


このパヌルー神父のポジションがファイナルファンタジータクティクスでは、教会とも貴族社会とも距離を置いてるガフガリオンの言う事とオーバーラップしますので。


この自らの「自由意志(と良心)」に従って生きるというのは、ライシテ教の公式教義こと、フランス共和国の市民社会の基本理念です。


つまりフランス共和国の国家イデオロギーがファイナルファンタジータクティクスの思想のキモなわけです。


で、単なる世俗的な思想の話ではなく、ライシテはフランスの宗教教育の中で選択可能な授業で、カトリック、イスラームなどに並んでる道徳教育の位置を占めており、「ライシテ中央評議会」などという組織まである。単なる小説などの書物で語られるイデオロギーではない実際的なものです。


「自由意志(と良心)」による隣人愛というテーマはイデオロギーを考える上において重要です。宗教なしに人間は道徳的行ないは可能なのか?という話は、旧ソ連にも連なるイデオロギーだからです。


なぜそのような前提が存在し、ライシテ教においては「理性」というものは素晴らしい価値観なのでしょうか?


それはフランスの近世以降に始まった、キリスト教ヒューマニズム教育にあります。キリスト教ヒューマニズム教育というのは、ギリシャ・ローマの古典をベースとしたキリスト教教育です。


従来のキリスト教教育と何が違うのかと言うと、中世までのキリスト教では人間の理性というものは、原罪があるせいで当てにならず、神の導きなしには正しく道徳的な判断はできないと一般的にされていたからです。


でもルネッサンスによって人間肯定の価値観出てきましたよね?その根源は何かと言うと、特に古代ローマの著述家のキケロなどによる、徳に向かうとされる衝動(ホルメー)が理性の泉から湧き出ると考えられていたからです。


それまでのキリスト教では、特にアウグスティヌスの原罪論のせいで、人間の理性を当てにならないものとしてました。


でも宗教改革のせいで、中世以上にアウグスティヌス主義が強調されたので、そのカウンターとしてトマス・アクィナスの神学の理性主義を強調したのです。


なので、片方に原罪、片方に徳へ向かう理性の泉としてのホルメーを置いて、そのスライダーバーでパラメーターを調整する事で、ルネッサンスの人間肯定の価値観をキープしようとしたのです。


なぜそうする必要があったかと言うと、あまりに原罪論を主張し過ぎると、現実に存在する教会組織の救済の確約が危なくなるからです。教会が救済のために当てになるからこそ、教会に所属する事に意義があるわけで、そうでないと、プロテスタントの見える教会と見えざる教会のように、最後の審判の時まで本物はわかりませんとなる。


ライシテ教の「理性」の尊重はこうったルネッサンスや宗教改革からのバックボーンがあるのですよ。


それがロシアなどの、元々西側のキリスト教徒ほど原罪が強くない地域に波及して、旧ソ連のイデオロギーとして開花します。それが崩れてきたのがポストモダンなのですが。


そんなわけで、ファイナルファンタジータクティクスの背景となる思想は、近世以降の思想の系譜に連なる深い話なのです。単なるフランス共和国の公式イデオロギーではありません。


それで「自由意志(と良心)」を重視するライシテ(の前身勢力)に対して、ヤンセニズムという原罪を強調する(フランスはプロテスタントではなく、ブルボン朝の時代はカトリックなので、カトリックの中のプロテスタント寄りのヤンセニズムという宗教運動がありました。)一派があってその勢力と対立してました。


その辺りの流れから考えると、「自由意志(と良心)」で人助けをして、それが行き着くと旧ソ連のイデオロギーになるようなラムザ君の思想って何なの?なわけです。


ファイナルファンタジータクティクス語りはしてもし足りる事はありませんが、趣味が前面に出るのでこの辺で。

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