第10話:魔獣の卵からは

まずは状況を整理したい。


村を魔獣から救った俺とシュヴィは疲れ足のまま宿泊した。


だが今周囲を見渡すと、燦々と照る太陽。植生の違い。それに明らかに人間らしきものもいる。


魔王領では見られない光景だ。


この場所は、、、間違いないVRゲームで見たサイショの草原だ。


つまり俺たちは転移してしまったのであろう。


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「お兄様、さっきからコンコンって鳴ってませんか?それにここはどこなのでしょうか?」


寝巻き姿のシュヴィは恐怖半分楽しみ半分といった顔で俺の方を見る。


「ここは人間領だ。王都周辺のサイショの村だろう。それに俺たちは転移してしまったのだろうな」


いやそれよりもといった顔でシュヴィは俺のカバンを見る。カバンには魔獣の卵が入っており、俺はシュヴィに言われるまでそいつからコンコンといった音が聞こえているとは気づきもしなかった。


赤黒い卵の表面にはいくつものヒビができており、周囲には目に見てわかるほどの魔力が溢れでていた。


コンコンといった甲高い音からぼこぼこといった鈍い音まで多様だ。


ヒビが徐々に広がっていき、ついに殻を破った。


「がるるるうぅ?」


きゅるるんとした瞳を持つ狼の魔獣が出てきた。A4サイズの大きさで母魔獣とそっくりな見た目をしている。そして、胸にはめ込まれた魔石が輝いていた。


興味本位で光っている魔石に手を伸ばすと、魔力が吸われていく感覚がした。


魔力を吸うと同時に狼はみるみる大きくなり体長3メートルほどの巨体になった。


「お、、、お兄様!この魔獣は一体、、、!?」


シュヴィはびっくりした顔で言う。俺もわかんないよ何この魔獣、、


「ぎゃぅう!」


魔獣は見た目とは裏腹にとても可愛い声で鳴く。魔獣は普通の動物と違って魔石からエネルギーを得ているからか、成長を促進させたりできるのだろう。


卵の表皮と似た色で赤黒くドーベルマンのような風貌をしている。


おれは目を輝かせているシュヴィをみて、狼を指差した。


「シュヴィ、良かったら触ってみるか?もふもふしていて気持ちいいぞ。」


「いいんですかお兄様!触ってみたかったのです。」


魔獣には俺の魔力を流してある以上、絶対に妹を襲わないと言う確証があったから触らせてやったが、本来魔獣は恐ろしいものであると言うことを頭に入れておきたい。


それにしても卵の孵化といい謎の転移といい、いろいろ起こりすぎだな。どこかで落ち着いて考えれる場所があるといいのだが、、、


「お兄様お兄様!狼さんが乗ってくれと言ってます。」


ん?と思い、シュヴィの方を向くと狼が背中を向けて乗ってくれと言わんばかりの顔をしている。


幸いなことに巨体には2人が乗っても余裕ができるほどで乗り心地も快適であった。


狼魔獣は地面をクンクンと嗅いで、時折何かを思い出したようにして走り始める。


風が心地よい。人間領は比較的温暖で四季があるらしい。植生を見るに今は春先といったところだろう。


道なき道を進み、やがて洞穴を見つけた。何者かが住んでいた形跡があり、骨のようなものが散乱しているが悪臭はしない。


「シュヴィ、足元気をつけろよ」


そういって俺とシュヴィは狼から降りる。狼魔獣タクシー最高。


して、ここはどこだろうか?見たところ魔獣の住処らしいが、、


(ご主人様、、、私です。目の前にいます。)


なぜか頭に明瞭に言葉が浮かんでくる。狼の方向をチラリと見るとちょこんと座ったままこちらを見ている。


(ご主人様の魔力を受けて、こうして会話することができています。そうして、ここは記憶にあった場所です。おそらく母の住処だと思うのですが、いかんせん何も思い出せません。)


シュヴィの方へ顔を向けるとどうやらこの声はシュヴィにも聞こえているそうで驚いた顔をしていた。


生後一時間で移動もできて会話もできる。素晴らしいな魔獣!


(ご主人様が落ち着いて考えれる場所が欲しいといっていたのでここが最適かと思って、連れてきました。)


心を読めるのだろうか?


「ありがとうな狼、ようやく落ち着いて考えれるよ。」


そういうと狼とシュヴィは揃ってこっちを見た。


「お兄様、狼さんに名前をつけてやりませんか?」


そう言われてハッとする。確かに狼を狼呼ばわりし続けるのはなんかちょっと違うな。


「太郎なんてどうだ?素直でいい子そうだろ?」


狼はいかにも不満そうな顔でそっぽむく。えぇ、いいじゃん太郎で。


「太郎ですか、、確かにいい名前ですけど、、他にありませんか?」


シュヴィがいうと狼は全力で首を振る。そんなに太郎が嫌だったのだろうか。


「んー思いつきそうにないな。良かったらシュヴィが決めてくれ。」


そういうと二人とも嬉しそうに尻尾を振る。もちろんシュヴィにも尻尾はあって母譲りのハート型のしっぽだ。かわいい


「少し考えさせてください。決まったらまた言いますね。」


「わかった。」


さて、これからどうしようか。当面は故郷へ帰ることが目標ではあるが、どうにかして安否を知らせたい。人間領でも街へ行けば魔王領宛に手紙でも書けるかもしれないな。


だが街まで行けるだろうか?

サイショの草原では人間も多く、魔族の俺たちは格好の的だろう。


狼に乗って魔王領まで帰れないだろうかとも考えたが国境警備隊に撃ち抜かれるのが関の山だろう。


とりあえず当面は魔族であることを隠し、人間領で生活してみよう。そうして魔王領への帰り方を模索しよう。もしかしたら冒険者をやっている姉に会えるかもしれないし。


それに、シュヴィにあまり負担をかけたくない。それが一番安全だろう。


そう思って、今後のことをシュヴィに伝えた。


「わかりました、では翼も尻尾も隠しときますね。」


ああそれととシュヴィは続けて、狼の方を指差す。


「この子の名前思いつきました!アッシュなんてどうでしょう!」


そういうと尻尾をぶんぶん降っている狼の魔石が光初めて、体を覆う。


赤紫の体毛が徐々に明るくなりシュヴィの髪色によく似た金髪の体毛に生え変わる。


ドーベルマンマンのような風貌の狼は様変わりして、可愛らしい表情をするようになった。


(ありがとう。私の名前はアッシュ。これからはアッシュと呼んでください。)


アッシュは黄金の毛並みを揺らしながら、心から嬉しそうな顔で微笑む。

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