第8話:あなたがいるだけで

 やっとの思いで1対1へ持ち込めたと思っていたのに、形勢けいせいは変わらず1対3だ。


 雷を帯びた狼魔獣2匹は魔石から力をもらっているというよりかツノの生えた魔獣から力を得ているように見てとれた。つまり狙うは大元の狼魔獣だ。


 しかし槍はどこにもなく、攻撃の決定打が欠けている。何かいい方法はないだろうか?VRゲームの魔王はどうやって戦っていたんだっけ?


「グァアアア!!」


 考えているうちに先手を打ったのは相手の方だ。地面を力強く蹴り上げ、稲妻の如く一直線に俺へと向かってくる。びゅうびゅうと風が鳴り、呆気あっけに取られた俺は姿勢を崩してしまった。


 すると狼魔獣は俺の腹部を目掛けて飛び込んだ。


 ーーーーーけられない。


 鋭いツノが俺の腹を貫き、即座に全身を震わせて切り裂いた。


 ーーーーー痛い。痛い。痛い。


 腹の中が無性に熱くて痛くてたまらない。そりゃそうか、貫通しているんだものな。


 頭が真っ白になる。何も考えられない。ふわふわとした感じである。死に際ってこんな感じなんだろうな。感想も淡白になる。


 ーーーーー死にたくない。まだ死ねない。


 俺って魔王の力を受け継いだんだよな?なんとかなるんじゃないか?どうにかしてみせろよ!


『おまえは死に際しても他人に頼るのか?』


 どこからともなくそんな声が聞こえた。かすれた声の主は続けて言う。


『汝、力の使い方を知りたいか?』


 つくづく思うことがある。力をもらっても使い方が未熟であればないのとなんら変わりはない。ここで断る道理はないだろう。


(力の使い方を知ることで窮地きゅうちを脱せるのなら教えて欲しい。)


『つくづく気に食わんやつだが、無様ぶざまにも生きようとする姿勢は敬するに値する。』


 よかろう。と言われた後、俺は意識を取り戻した。


 それと同時に体に突き刺さるツノを抱え込み内側に思い切りひねって折ってやった。


(さっきのやつに教えてもらったことは確か、、力の使い方はイメージ。それに想いの強さである。俺の死にたくないと言う強い想いによって力は無限に膨張する!)


「ギュウウウオオオオ!!」


 ツノを折られた衝撃からか情けない雄叫び《おたけび》を上げる狼魔獣の背後から雷の狼魔獣が現れる。


 だが一向に襲ってこない。それどころか若干色が薄くなっている。ほんの隙にしゅんと消えてツノの方に雷が集まる。おそらくツノが動力線だったのだろう。


 ツノを折ったおかげでようやく数の差は無くなった。


 俺は腹部大損傷に加えて、武器を持っていない。

 相手は毛皮が燃えた後の地肌が剥き出しであるだけでなく火傷も目立つ。


 まだ勝負は決していない。どちらかが倒れるまでは終わらない。


 村の人を守るって決めたからにはこの魔獣を放っておくことはできない。


 決死の覚悟で飛び出してきたのだ、俺にしかできない事をここで果たす義務があるだろう。


 もう一度拳を握りしめて正対する。


「おらぁぁ!!」


 意趣いしゅ返しと言わんばかりに正面をきって殴りかかってみた。地面を蹴り反動で推進力を生み出し、力を拳に溜めて殴る。前足で防ごうとしていたので、前足ごとぶん殴る。思っていた以上に力がこもり、相手は10メートルほど吹き飛んだ。


 さらに骨も折れているだろう、立つのがやっとのように見える。


 相手からの奇襲はおそらくない。それに正面での勝負なら俺に分がある。


 相手との距離をとりつつ様子を伺うようにする。心なしか狼魔獣は苦しそうな顔立ちをしている。


 しばらく見つめ合った後、魔獣はその場に倒れ込んだ。疲弊ひへいしきった体は魔石のエネルギーを使い果たしてしまったのだろう。俺はひゅうひゅうと息をする魔獣に近づき話しかける。


「お前はすごい強かったよ。もう一度生まれ変わるなら今度は村なんて襲わずに生きろよな」


 そう言った後少し微笑んだ魔獣はきらきらと音を立てて魔石とともに地面にころっと落ちた。その場にはと魔石が残されていた。


 俺は初めて力を使い村を守れたのだ。純粋に嬉しいと思う。前世では人を殺すために使っていた力を村の住民を守るために使えたことがよかった。


「魔王のご子息様、助かりました!!」


 さっきまでその場で倒れていたリザードマン風の男はそう言いった。


 それに警報が解除されて村の住民たちが俺を歓迎してくれた。


 妹のシュヴィはと言うと膨れ顔でジト目をして不満を露わにする。


「お兄様、流石ですがあんまり無茶はなさらないでくださいね、幸い良かったですが万が一にも治らない傷ができたらと、シュヴィは悲しく思うまし。」


 大きな怪我がない??俺の腹部は魔獣のツノに刺されて貫通してしまっていたはず。

 そう思い目線を下に向ける。全くの無傷と言っていい腹部がそこにあった。何が起きたんだろうか?まあ考えても仕方ないか。


「ところでシュヴィ、狼魔獣を倒した時に体から出てきたこの白い塊はなんなのだ?魔石とは違うようなのだが。」


 そうやって魔石と一緒に落ちていた固形物をシュヴィに見せると、驚いた顔をして言った。


「お兄様これ、、卵だよ!しかも魔獣の!!」


 おどろいた。まさか卵を持っていたなんて、倒した魔獣は母で食糧が不足して村を襲っていたのだとしたら、納得がいく。


 何かモヤモヤする。害獣を倒したと言うのに全く心の内側が晴れやかにならない。まるでこの卵から母親を奪ってしまったという後悔と自責の念が俺を苛む。


「シュヴィ、、、俺、、、」


「お兄様。よく聞いてくださいね。魔獣はこの村ですでに住民を襲っています。仮に魔獣が同じ住民だったとして、犯罪を犯しまくった住民に情けをかけますか?それは襲われた被害者に同情してやれないことになるんですよ?魔獣の方を持つことで魔獣に襲われた人たちは何も報われない。だからお兄様もあまり思い詰めないでくださいな。」


「たとえ犯罪は犯罪でも親の優しさが垣間見えてしまったんだ。俺はれっきとした母親殺し、還すにしてもこの卵から生まれてくる子どもに顔向けできなんだ。」


「お兄様、ちょっとこっちへきてくださいな。はい横に座る!」


 そう言って道の脇の石垣を指差す。隣に並んで座ったところ、どうにもシュヴィの様子がおかしい。なんかそわそわしているような気がする。


 シュヴィが俺の頭の後ろに手を伸ばし、ゆっくりと自分の方へと向ける。

 そして自らの膝の上に俺の頭を持ってきた。


「お兄様怖かったんですよね、3体も相手にして、私は怖かったです。お兄様が死んじゃうんじゃないかって、でも生きて帰ってきてくれた、諸悪の根源を倒してくれた、ヒーローなんです。だからそんなに気にしなくっていいんです。向こうも殺された後に同情されるのはいらないでしょうし」


 そういってシュヴィはしきりに俺の頭をなでた。


「こうやってよくお母様に頭を撫でてもらっていましたね、それに眉毛をさするとお兄様はすぐに眠りについてしまうんです。今日はこちらの宿に泊まらせてもらいましょう?だから今はゆっくり寝ちゃってね!」


 シュヴィの言葉の最後の方はうまく聞き取れないほどすぐに眠ってしまっていたが、いつものお嬢様口調ではなかったのを覚えている。

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