26 Side 王

白々しくもそう問えば「うーん」と唸り声が返ってきた。


「ちょっと……自分の気持ちが分からなくなった、のかな?」

「気持ち?」

「ごめんね、何のことかさっぱりだよね。上手く話せない……」

「ゆっくり話せばいい」

「……うん」


ルウは心を落ち着かせるように小さく息を吐いた。


「素敵だなって思っていた人がいるの。波長というのかな、一緒にいると穏やかな気持ちになれて安心できる人」


あの男のことか。聞いていて気分の良いものではないが、懸命に話しているので大人しく耳を傾ける。


「のんびりした私にも合わせてくれて優しいのに、急に今まで言わなかったようなことを言い出して……。言われていることは間違いではないと思うんだけど、その言われたことが嫌だなって思ってしまって。なんでそう思ったんだろうって考えてた」


こちらを見上げ、「この気持ちがなんなのかまだ答えは分からないけど」と続ける。


「もっと大切にしたい人が出来たのかな」


困ったように笑ったルウはその場に踞った。膝に顔を埋めて「うーん?」とまた唸っている。


「……っ」感情を悟られないように口元を手で覆いながら考える。

これはどういうことだろうか?

自惚れかも知れないが、ルウが語っているのは俺のことではないだろうか?

……気持ちがはやるけれど仕方がないだろう。


視線を合わせるために座り込む。

出来るだけ優しい声色を意識して話し掛ける。


「こっちを向いて」

「ロカくん?」

「ルウが気になっている男は誰なんだ?」

「……!」


そっと頬に触れてみても嫌がられない。少し体が冷えたのかひんやりとしている。


「それは、まだ言えない」と小さな声が返ってくる。緊張しているようだった。


「どうして?」

「まだ自分の気持ちが分からないの」

「それはいつになったら分かるんだ?」

「……分かんない。まだ考え始めたところだから」


難しいことなど何も考えなければいいのに。

俺はあの男と違って気が長くないんだ。横から奪われるかもしれないのに悠長に待つことは出来ない。


空を見上げて「……残念だったな」と聞こえないくらいの声で呟く。

今日は新月で、ありとあらゆる条件が一致している貴重な日だった。これを逃せば次はまた何年か待たなくてはならないだろうから、冥界でじっと待つのには飽きそうなんだ。


俺は卑怯な男だから、お前の気持ちが追いつくのを待ってやれない。


「ロカくん、どうしたの……?」


様子のおかしさに気付いたのだろう。ルウが俺の瞳を見つめて戸惑っている。

そんな姿を見ても覚悟を決めていた俺は揺らぐことがないんだ。


「逃がしてやれなくてごめんな」


これが記憶を失う前のルウに最後に掛けた言葉だった。

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