23 Side 王

私室で執務にあたっていると扉を軽く叩く音がした。


「お久しぶりですわ、ロカ様」


手作りだという菓子を持ってやって来たのはレーラだった。部屋に入ってくるなり、少し不機嫌そうに睨みつけられる。


「冥界の王ともあろう方が、どこをほっつき歩いたのでしょうか? 近頃は留守が多いようですけど?」

「……仕事には支障を与えていないのだから問題はない」

「ここを留守にしていることが問題なのですわ! 私が会いに来ても不在ばかり」

「……」


口うるさいのはいつものことなので聞き流しておく。

父親の差し金で俺に会いに来ているようだが、カドの娘という立場は厄介で困る。

カド派の者達が王の妃にと目論んでいるようだが、俺の妃はもう決めている。誰にも邪魔はさせない。


「何処に出掛けているのかくらい教えてくれてもいいのでは?」

「それを知ってどうするんだ? レーラ嬢に話すようなことではない」

「……なっ」


呆気に取られた様子で黙った。ルウが絡まないことならば、もう少し愛想良くもしてやるが今は冥界にいる時間が惜しい。


「見て分かるだろう? 忙しいんだ、出ていってくれ」


女中を呼んで帰らせる。仕事を邪魔するほど愚かな人間ではないので今日は戻ってこないだろう。

机の上に飾られた花に目を向ける。以前ならば好き好んで飾ることがなかったものだ。

……この書類の山を片付けたら現し世へと向かおう。




「あっ、ロカくん!こんばんは」


ルウは俺に気付くと仕事の手を止めて挨拶をしてくれた。

何度か会ううちに、花屋で働いていることを知った。時々こうして様子を見に来るが、嫌な顔はされていない。


「また花を買いたい」

「いつもありがとうございます」


目に止まった紫色の花を指差す。


「これは?」

「ああ、それはね」


花の名前や特徴を説明してもらう。


「花言葉は怖いと言われているみたいで、“縛り付ける”“甘い束縛”」

「甘い束縛」

「束縛の意味は分かるかな?」

「ああ」


留学生というものだと解釈されていることを利用して、花を通じて言語の勉強をしたいと言えばルウは素直に信じて教えてくれる。困っている人間は放っておけない性分らしい。


「あれは何だ?」


壁に貼られた紙に気付く。前回訪れた時には無かったものだ。


「商店街主催のお祭りだね。福引きとかビンゴ大会とかあるし、美味しい屋台もたくさん出るんだよ」

「へぇ」

「こっちに来てお祭りに行ったことはある?」

「ないな」


ルウのいない場所に興味はない。彼女がいるなら話は別だが……そうだ。


「それを案内してくれないか?」

「ん?」

「祭りに行ってみたい」

「次の土曜日ならバイトが終わった後なら行けるかも。いいよ、一緒に行こうか」


断られなかったことに安堵する。少しずつ親しくなれている実感がある。


「じゃあ、今日はさっきの花を買って帰るよ」


甘い束縛、甘美な言葉だと思った。

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