22 Side 王

もうあの耳障りな蝉はいなくなったらしい。しんっとした大学の校内を歩いていると、見覚えのある顔が「あっ」とこちらに気付いた。


「こんにちは、留学生の方ですよね? ルーちゃんが全然会えないって残念がってましたよ」


まさか話しかけられるとは思わなかった。人がいい雰囲気はルウと似ているが、そんなところに苛立ってしまう。


「……彼女は?」

「教授に呼ばれていて、もう少ししたら来ると思いますよ」


現し世の人間がよく持っている薄い四角の箱を取り出したかと思えば、そこにはルウと二人で肩を寄せあった写真が見えた。


「彼女を愛しているのか?」

「えっ」


突然の問いかけに目を丸くしたが、直ぐに「はい」と返される。


「まだ返事は貰っていないけど、付き合うことになると思います。ルーちゃんのペースに任せるので気長に待つつもりです」

「優しいんだな。待ってる間に横から奪われたらどうするんだ?」

「えっ、嫌なこと言わないでくださいよー」


顔を歪め、「不安がない訳じゃないんです」と続ける。魂が黒く揺らめいたのが見えた。


「ルーちゃんは優しいから勘違いする奴も少なくないし」


……釘を刺しているつもりか。

表面上は笑顔を作っていても、怪しむような視線に警戒されていることが分かる。


「奪われたくないなら守り抜くことだ。それでも奪われるなら二人の縁はそれまでということだ」

「本当に怖いこと言うのやめてください。冗談でも笑えないですよ」


冗談のつもりなどない。

どんなに守りを固められても負ける気はなかった。目の前にいるのは人知を超えたものであると思い知らせてやろう。


「「……」」


緊張感が漂い始めたのを壊したのはルウだった。男の名前を呼びながら駆け寄って来て、俺の存在に気付いたらしい。


「あれ? 誰がいるのかと思ったら……また会えましたね!」

「ああ」


嬉しそうに笑顔を向けられると気分は悪くない。


会いたかった……お前を渇望していた。

それを伝えはしないが頬が緩んでいる自覚はある。


さあ、連れ去る準備を始めようか。


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