王は屋敷に戻るとすぐに髪の色を戻していて、見慣れたそれが一番好きだと思った。


「部屋まで送ろう」


前を歩く背中に付いていく。

脚の長さが違っても合わせた速度で歩いてくれる。

今日は楽しかったから、なんだか離れがたいと思ってしまう。


「ロカ様!」


伸ばしかけていた腕を咄嗟に隠した。

王を呼び止めたのは張りのある美しい声だった。ふわりと花のような香りが辺りに広がる。


「あら? そちらの方は……噂の花嫁様でしょうか」


ストールで隠した顔を覗き込んできたのは若い女性だった。

身形からも高貴な人ではないかと察することが出来るけど初めて見る。美しい金髪に長い睫毛、とても人目を引く容姿だ。


「お初にお目にかかります。父がロカ様の補佐をしているので私とロカ様は旧知の仲ですの。レーラとお呼びくださいね」

「……レーラさん、よろしくお願いします」


おずおずと差し出された手を握り返す。

不躾なまでの強い視線を感じて物怖じしてしまう。王以外には見せないように言われたのに覗き込んで来たから警戒してしまう。それにこの声どこかで……。


「レーラ嬢、ルウが怯えている」


眉間に皺を寄せた王が口を開いた。


「あら? まるで私が怖がらせているようじゃないですか。これくらいで縮こまっているようでは妃になんてなれませんよ?」

「そのような発言は慎んでくれ」

「いいえ。これはお二人だけの問題ではないのです。最近のロカ様は冷静さに欠けていると思いますわ。もっとご自分の立場をお考えになって」


歯に衣着せぬ言い方に驚く。ここまで言えるのは付き合いの長さを物語っているのかもしれない。

「俺は」と何か言いかけた王の服を掴む。これ以上こんなところで続けるべきじゃない。護衛や女中達が何事かと集まり始めている。


「……レーラ嬢、この話はここまでだ」

「今日のところはそうします。しかし、私は納得していませんからね。ずっとあなたの妃候補だったことを忘れたなんて言われませんわよ」


「え……」婚約者? そんな人がいたなんて初耳だ。急速に私との婚儀が決まったこともあり、予想もしていなかった。


「このままで済ませる気はありませんから」


レーラは私達を睨み付けた。

戸惑う私の肩を抱いた王は何も返事をすることなく踵を返して歩き出す。


「どう…いうこと……」

「お前は何も気にしなくていい」


舌打ちが聞こえ、表情を窺えばまた淀んだ目をしていた。ぞくりと背中に冷たいものが走る。


「煩わしい奴が多すぎる」


吐き捨てるように溢した言葉が怒りを表していた。




  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る