第3話 白昼悪夢

 これは、陽炎が揺らぐほどに暑い夏の時に経験した話です。


 シナリオライターとして駆け出しだった頃。

 その頃はまだ併用作家で、表の仕事の合間に作家の仕事も行っていました。


 いつも仕事が終わった後や休みの日に時間を作って執筆をしていたのですが、その日は所謂修羅場明けというもので、ひどく疲れていました。


 とりあえず台本を先方に送り、私はまだ夕方でしたが、そのままベッドの上で倒れるように眠り始めました。

 

 それからしばらくして、妙な息苦しさを感じたのです。

 例えるなら襟がきつい服を着た時のような、首元に妙な圧迫感がありました。

 しかし苦しい、死ぬ! ってほどのものではなく、眠気の方が勝っていました。

 ですが眠ろうとしても、その妙な圧迫感は続いており、私は眠気に抗いながらうっすら目を開きました。


 すると、白いモヤのようなものが目の前にあったのです。

 誰とか。何とか。具体的に表現するのは少し難しく、白いモヤのようなものが塊として動いているようにも見えました。

 その白いモヤは私の首を一生懸命絞めていたのです。

 しかしその手らしきものは、赤ん坊の手くらいの大きさしかなく、首を絞めるに必要な大きさも力も足りませんでした。


 さらに不思議なことに、その白いモヤが人の形をしているように見えたのです。

 それも老人と赤ん坊がダブって見えるような……

 手は赤ん坊、顔はお爺さんと赤ん坊が合体したようなもの。

 そんな言葉にするには難しい、不思議な風貌をしていました。


 ただ一番不思議だったのは、この時の私の思考だったのかも知れない。

 その時は修羅場明けで猛烈に眠かったのもあり、最初、私は目を閉じながら、「赤ん坊と老人ぽいのに首絞められてる」と判断しましたが、その現象に不思議さを感じる余裕がありませんでした。

 おそらく本当に眠くて、今すぐ寝たかったのでしょう。


 多少の息苦しさのせいで寝るに寝られない私は、おそらく何も考えていなかったと思います。

 本当に無意識に、何も考えず、ただ白いモヤの顔らしきものの頭に手を伸ばしました。

 そして手が触れるか触れないかの瞬間、私はその頭を壁に叩きつけました。

 その時ですら私は何も考えていませんでした。

 ただ機械的に同じ行動を繰り返したのです。


 白いモヤの頭を壁に叩きつけ、戻し、また叩きつけ、戻し――


 その行為を繰り返していました。

 そしてしばらくすると、「ぎゃああああ」という男性の叫び声のようなものが小さく聞こえたかと思ったら、その白いモヤのようなものは消えてしまったのです。


 そして私は思ったのです。

 あぁこれでようやく眠れる、と。


 白いモヤが消えると共に息苦しさもなくなり、私はそのまま眠りました。


 それから1時間くらい経過した後に起きると、夏だったこともあり、部屋が暑く、服も汗だらけになっていました。


 寝苦しいため、私はクーラーをつけて、そして私は眠りました。


 それからさらに1時間ほどが経過した後にようやく起きたのですが、ふと振り返ってみると、私は何かやばい事をしてしまったのではないかと思い直しました。


 いくら眠くても、赤ん坊の手を持つ白いモヤを壁に叩きつけるなんて……

 老人と赤ん坊というか弱き姿をしたものに対する行動ではなかったかも知れません。


 正直、これも暑さが見せた夢だったのかも知れませんし、あの白いモヤのようなものが何だったのか分かりません。

 イタズラ好きの浮遊霊だったのか。

 それとも別の何かか。


 それからさらに数年が経過し、私は専業作家となり、都心へと引っ越しました。

 

 これは後から知った事で、関係あるか分かりませんが、私の部屋が日当たりがいいのにも関わらず、水場のようなジメジメとした感じがあった部屋でした。

 その付近はよく川を潰して家を建てる事をしていたのですが、もしかしたら潰してはいけないものの上に建っていたのか。

 それとも、全部私の見た夢だったのか。


 ただ一つだけ、これは夢ではないと思えることがあります。


 それは、壁に叩きつけた時の感触と、赤ん坊の手で首を絞められていた時の妙な息苦しさです。

 それも含めて夢だった可能性もありますが。


 あれは、一体何だったのでしょうか。


 もし幽霊の類だったら、素手で倒せるものなのでしょうか。

 今でも、夏になるとあの時のことを思い出しては、疑問に思います。

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