第2話 寝たふりしてんじゃねえぞ(後編)
同じ現象は何度か続きました。
夜中の2時や3時にふと目を覚まし、背後もしくは隣に置いてある黒猫のぬいぐるみから動物の気配がする。
そして寝たふりをしながら心の中で知っている真言や言霊を唱え、やがて眠り、朝になる。
何故お祓いに出さないのか。そもそも一緒に寝なければいいのか。
そう思うかと思いますが、当時の私はそういったことをすることで、黒猫の中の何者かに「バレる」ことを恐れてました。
まだ私はその何者かに気付いていることはバレていないと思っていたのです。それに、もし何かアクションを起こして、メリーさんのような展開になった方が怖い。それなら誤魔化そう、そう思い、誰にも言わず、ただ誤魔化し続けました。
それに、思い返すと、この黒猫のぬいぐるみはただ気配があるだけで、何もしてこないのです。
ただ「寝たふりしてんじゃねえよ」や「シカトかよ」と言ってくる程度です。
ガラの悪さから、一般的に考える幽霊や妖怪の類からイメージがかけ離れていることもあり、怖いけどそこまでの怖さはありませんでした。
このまま寝たふりを続けて、なんとか誤魔化せば……
幼い私はそう思ってました。
しかしある日の夜。
おそらく、最後の夜。
また深夜2時ごろに目を覚ましました。
いつも通り目は閉じたまま、気配を探りました。
そしてまた飼育小屋に入った時に似た、動物の匂いと、何者かが背後にいる気配がしました。
そしていつも通り、心の中で言霊や真言を唱えてやり過ごそうとした時。
背後から声がしました。
『クッソつまんねえ奴』
それが、最後に聞いた声でした。
それ以降、その黒猫の中から気配がすることも、深夜2時に定められたように起きることもありませんでした。
ただ一度だけ、その黒猫の中から何者かは現れた……いえ、私が呼び出したことはりました。
当時の私は寝たふりをして誤魔化していた少女ではなく、大人です。
ですが最初に就職した場所が所謂ブラック企業であり、社内規定で社内いじめが容認されているような、ダーク企業で、3か月に一度、人が辞めて、また新しくいじめられる役割を担う人が入るといった具合の、ダークネスな企業でした。
そしてご察しの通り、私はいじめのターゲットにされ、母親と年の近い人達にいじめられていました。
そんな日が続いたせいで、私は精神的に疲弊していて、つい黒猫のヌイグルミを取り出しました。
そして黒猫のヌイグルミにこう語りかけました。
「もう怖がりません。だからもう一度出てきてください。今度は怖がって、拒絶なんてしない。だから出てきて……私を助けてください」
大人なくせに、何を幼稚なことを。
我ながらそう思いました。
ですが、その黒猫の中の何者かは私の声に応えてくれました。
その日の夜、腕に抱いて寝ていた黒猫のヌイグルミからまた気配がしたのです。
今度は腕に抱いていたので、はっきりと分かりました。
これは、生きている――と。
ですが、その直前に、私はその黒猫のヌイグルミを拒んでしまいました。
自分で怖がらないと言ったのに、私は怖がってしまったのです。
そして拒むように寝返りを打つふりをして、黒猫のヌイグルミを手放した時。
その気配は完全になくなりました。
あれはおそらく、最後のチャンスだったんでしょう。
そのチャンスを、私は自分で望んだにもかかわらず、拒んでしまった。
そしてその最後の時、あの子は何も言ってくれなかった。
いつもみたく口汚く「寝たふりしてんじゃねえよ」とは言わなかったのです。
あれから10年以上が経ちます。
黒猫のヌイグルミは実家にあると思いますが、どこにあるかは分かりません。噂では、兄の娘が抱き着いていたという話を聞きましたが。
今でもたまに死にたくなるような時があり、その度あの子に縋りたくなります。
もしかしたら、楽にこの苦境から連れ出してくれるかも知れないから。
ですが、あの子はきっと応えてはくれないでしょう。
だって私はあの子を自ら望んで、拒んだのですから。
だからあの子は最後は何も言わなかった。
私が裏切ったのだから。
それでも、たまに思い返す時があります。
そしてその度、聞きなれたフレーズが頭をよぎります。
――あれは、一体、何だったのでしょうか。
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