第6話
眠りについてからどれぐらい経ったのだろう。十田は携帯電話の呼び出し音で目を覚ました。
時計を見ると、針はまだ十二時を指していた。考えてみればいつもに比べてかなり早く眠ったのだ。身体は短時間で意外なほどに回復していて、筋肉はその内側に躍動する生命力を取り戻していた。
十田は身体を起こすと鳴り続ける電話をほったらかし、座りながら両手を後ろについて天井を見ていた。朦朧とした意識の中で、どうやら自分は夢を見ていたわけではなかったらしいという、混濁した絶望感をゆっくりと自覚していた。
電話はまだ鳴っている。こんな時間に鳴り続けるのだからきっとろくな電話ではない。十田は頭をかいてから携帯電話を拾い上げた。
画面を見てみると、表示されている名前は山中だった。十田は訝しげに「もしもし」と電話に出た。
「十田、試合だ」
山中は前置きも無しに言った。
「ああ、そうか」
十田はそっけなく答えた。いくら試合が決まったからとはいえ、明日までに金を用意出来ねばどうにもならないのだ。十田の心の中には試合が決まった事の嬉しさよりも、何を今さらという気持ちの方が胸中を占める割合が高かった。
「それで、試合はいつなんだよ?」
十田は面倒臭そうに聞いた。
「今日だ」
「は?」
夜十二時である事と寝起きでもある事で、十田は最初山中が何を言っているのか、意味が分からなかった。
「今日?」
「ああ、今日の三時だ。急遽世界的なトーナメントが開かれる事になった。その代表を日本で決めなきゃいけないんだよ。代表戦に勝てば賞金で三十万が出るぞ。どうだ? 悪い話じゃないだろう?」
「世界大会? 賞金三十万?」
絵空事のような言葉が立て続けに出てきた。三十万あれば滞納した家賃が一気に払える。命の値段に比べて安すぎる気もするが、そもそも十田は強すぎるため、エントリーした時点で優勝が殆ど決まっているようなものである。
「三十万か。三十万…」
「どうした? 金が必要になったんじゃないのか?」
十田は回らない頭を片手で支えながら考え込んだ。何か上手く騙されている気がする。前回電話した時からこれほど簡単に状況が変わるものなのか? 俺は何かの詐欺に合っているだけじゃないのか?
そんな自問が胸中を駆け巡るも、金銭的な状況は予断を許さないという現実もあった。三十万をカードローンで返済出来たとしても、それは債権者が変わるだけで根本的な解決にはならない。十田を追い掛け回すのが老婆からその筋の人に変わるだけである。
いずれにしても明日十五万支払えなければ十田はホームレスである。人生にあるかないかの熟考を重ねた末、十田は腹を決めた。
「なんだかよく分からんが、金がもらえるならやる」
「よし、それじゃあさっさと会場に来てくれ。トーナメントの出場者はお前を入れて八人だ。つまり、三回勝てば優勝だ」
「なあ、一つ聞いていいか?」
「何だ?」
「なんで地下格闘技ごときに世界選抜みたいなのが行われるんだ? どこにそんな需要があるんだ?」
「話せない事もないが、話すと長すぎて試合時間を過ぎちまう。詳しい事情は俺が後で説明するから、お前は試合だけに集中しろ」
山中は十田の返事も待たずに電話を切った。寝起きに過剰な情報を与えられたため、十田の頭は少しばかり混乱していた。窓の外には天高くそびえ立つサンシャインが見えた。十田はなぜかそれを眺めていた。
夜も深くなり、池袋は昼間の喧騒が考えられないほど静かであった。十田は自分の鼓動がうるさいと感じ始めていた。
「よく分からんが…まだ、終わっちゃいないようだ」
十田は摩天楼に向かって拳を突き出した。
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