第41話 後悔しない選択
「こちらでも怪異にあわれたと聞きました。伯父さま、だいじょうぶでしたか?」
表情こそゆるめたが、心配なのだろう。たずねながら、梅奚はさぐる視線を伯父にむける。
梅芳は「問題ないさ」と笑ってみせた。
ところが、梅芳がいるのは寝室で、しかも彼は寝間着すがた。伯父の言葉が信じきれないらしく、梅奚の表情はくもったままだ。
梅芳は「ほんとうだよ」と念押しして言い、努めて明るい口ぶりで姪に語りかける。
「今日は、すこし体調が悪いだけだ。それよりも、花嫁が怪異にあう件は解決しそうなのだよ。だから、おまえはもうすぐ孝王殿下に嫁げるんだ」
『わたしと人生を共にしてほしい』
姪に朗報を告げた途端だ。梅芳の脳裏を武俊煕の言葉がよぎった。われ知らず胸がずきりと痛み、梅芳は動揺してしまう。それでも、彼は痛みに気づかぬふりをし、姪に笑顔をむけた。
ところが予想に反して、梅奚は梅芳に笑いかえさない。それどころか、ますます暗い表情になるとだまりこんだ。
「うれしくないのかい?」
伯父のふいの質問に、梅奚は目を見ひらく。そして、彼女は目をふせると、ためらいがちに話しだした。
「皇族に嫁げるなんて身にあまる幸運だと、わかっています。でも実は、ほかに想いをよせる人がいるのです」
梅芳は驚きはしなかった。ただ、梅家の屋敷に滞在していたときのできごとを思いだす。彼が思いだしたのは、梅奚と若い男が楽しそうに話しこんでいる場面だ。
――相手は、あのときの若者だろうか。しかし、困ったな。
『妻殿が愛する人にめぐりあった結果を、わたしはうらやましいと感じた』
姪にかける言葉に悩む梅芳の脳裏に、また武俊煕の言葉がよぎった。その途端、かけるべき言葉に思いいたり、彼は口をひらく。
「孝王殿下はすばらしい方だよ。あの方の妻になれば、おまえはきっと幸せになれる」
予想どおりだったのかもしれない。伯父の言葉に、梅奚はますます顔をうつむかせた。
暗くしずむ姪に、梅芳は「だがね」と、さらに語りかける。
「愛する人をあきらめてまで良縁をもとめるかは、慎重に考えたほうがいい」
『
姪に助言しただけのつもりだった。しかし、梅芳は過去の自分の考えまでも思いだしてしまう。
――師兄に好きだとすら伝えず、しかも失った。わたしなんかに言えた義理ではない。それでも……
一瞬、話す資格があるかと自分自信を疑ったが、姪のうるんだ目を見た彼は意を決し、自分がすべきだった言葉を贈る。
「一度きりの人生だから。おまえには後悔のない選択をしてほしい」
ありきたりな言葉だったが、それは梅芳の心からの言葉だった。
梅奚が涙をためた目をまるくする。
姪にほほ笑みをむけ、梅芳はやさしく言い聞かせた。
「よく考えてごらん。この婚姻がおまえの望みにかなわないなら、父上に相談してみなさい。きっと、おまえの力になってくれるから」
梅芳の助言に、梅奚が泣きだしそうな顔で「はい」とうなずく。それから彼女は「伯父さまに話してみて、よかったです」と、梅芳に明るい笑みをみせた。
梅芳は「役にたてたなら、わたしもうれしいよ」と、おだやかに返事する。
すると、なにか思うところがあったらしい。梅奚がじっと伯父を見つめて「お話を聞いていて感じたのですが」とつづけると、伯父にたずねた。
「もしかして、伯父さまはなにか後悔をした経験が?」
姪に気もちを言い当てられ、今度は梅芳が驚いて目をまるくする。すこし答えに迷ったが、隠す必要もないと感じた彼は「そうだね。やりなおせるのなら、やりなおしたい過去がある」と、ごまかさずにきっぱりと答えた。そして、真剣な表情をすると、断言する。
「だから、もう後悔する選択はしないと決めたのだよ」
――そう。もう、ためらって機会をなくしたりはしない。かならず、柳師兄の仇を打ってみせる。
梅奚と話ながら、梅芳はすすむ道をあらためて決意した。
あだ討ちの誓いが表情にでたのだろうか。あやしむ目を梅芳にむけ、梅奚が「伯父さま?」と眉をよせる。
不安を隠さない姪に、梅芳は今日一番の明るい笑顔でほほ笑みかけると言った。
「今日は来てくれてありがとう。だけど、すこし疲れてしまったようだ」
体調を理由に、梅芳は面会のおわりを告げる。
梅奚は気を悪くするでもなく「わかりました」とうなずいた。しかし、不安はぬぐえないのだろう。彼女は梅芳に念押しする。
「伯父さま、くれぐれも無茶はなさらないでね」
笑顔をくずさず、梅芳は姪の言葉にうなずきでこたえた。
伯父の笑顔からは、承諾とも不承諾とも判断できなかったらしい。梅奚は、よせていた眉をさらによせる。そうは言っても、寝間着すがたで体調がすぐれないと主張する人間には食いさがれず、彼女は心ならずも孝王の邸宅を去っていった。
「葉師妹」
梅奚を寝室の前で見送った梅芳は、あらためて寝台に腰を掛けると葉香に呼びかけた。
葉香は「はい」と、うやうやしい態度で返事する。
しっかりとした口ぶりで、梅芳は妹弟子に告げた。
「わたしは、師兄のあだ討ちをする」
梅芳のあだ討ちの決意を聞いた葉香は、驚くでもなく拱手の礼をし「ご一緒します」と兄弟子に頭をさげる。
驚いたのは梅芳のほうだ。彼は「だめだ!」と妹弟子に声をあげ、重々しく忠告した。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます