第36話 思いがけない発見

 石壁を探り見た梅芳は隠し扉の存在に確信をふかめ、さらにくわしく壁を調べた。

 すると、牡丹の彫り物が一定の間隔をあけて飾ってあって、ちょうど隠し扉と思われる壁にも同形の彫刻がひとつある。

 目のまえの彫り物を周辺の彫り物と見くらべた梅芳は、目のまえの牡丹の彫り物がほかの彫り物よりもつやつやしていると感じる。


 ――長年、だれかが何度もふれてきた。そんな感じだ。


 あやしく感じた梅芳は、思いきり牡丹の彫り物を押してみた。

 予想は的中し、彫り物がずずと音をさせて壁に押しこまれる。直後、がちゃがちゃ、ぎいぎいと金属や木材がぶつかりあう音がしはじめた。

 そのうちに、ずずずと重い物体をひきずる音がし、あやしく感じていた石壁が勝手にうごきだす。


 ――やはり隠し扉だったのか。そうであるなら、このさきに隠し部屋があるにちがいない。


 梅芳の予想どおり、うごく石壁のむこうに空間が見えた。

 梅芳と葉香はおたがいの顔を見あわせる。うなずきあったふたりは、隠し部屋のなかへと足をふみいれた。

 まっ暗な隠し部屋のなかをたいまつで照らす。

 途端。予想もしない物体が明かりにうかびあがり、梅芳たちは驚いて息をのんだ。

 隠し部屋の中央に石づくりの台がある。明かりに照らされてすがたをあらわしたのは、台のうえに横たわる人だった。


「どうして、こんなところに人が?」


 だれに問うでもなく、葉香が疑問の声をあげる。

 眠っているのだろうか。石づくりの台に横たわる人はぴくりともしない。

 梅芳と葉香は、おそるおそる台にちかづいた。暗がりのなかで横たわる人の顔に、梅芳はゆっくりとたいまつをちかづける。たいまつの熱を感じ、ふつうなら目を覚ますだろう。しかし、その気配はなかった。

 たいまつの明かりが横たわる人の人相をはっきりと照らしだす。


「ああ!」


 梅芳が思わず声をあげた。彼は「柳師兄」と口にし、横たわる人にすがりつく。


「たしかに、あのときの人だ。この人が柳大師兄?」


 大人たちの話でしか柳毅を知らぬ葉香は、驚きと疑問のいりまじった声をあげた。

 しかし、梅芳は妹弟子の質問に答えられない。横たわる兄弟子の顔をじっと凝視している。視界に集中するあまり、たいまつすら取り落としそうだ。

 梅芳の様子を不安に感じたのだろう。葉香がたいまつを梅芳の手からうばった。

 両手があいた梅芳は、さらに兄弟子にちかづく。そして、彼の頬を両手で包みこみ「柳師兄!」と呼びかけた。

 手でふれて、呼びかけても、柳毅はまぶたを閉じたままうごかない。

 動揺とうれしさをないまぜにした表情で、梅芳は柳毅の全身をさっと確認した。それから、彼はおずおずと兄弟子の手首の経穴つぼにふれ、脈をとると同時に経絡の気のながれもさぐる。しばらくのあいだ、柳毅の状態を梅芳はさぐりつづけた。

 待ちきれなくなった葉香が口をひらく。


「見たところ、外傷はないですね。意識はないようですが、無事だったのだわ」


 葉香は努めて明るくふるまった。

 しかし、梅芳はふるふると首をふる。彼は柳毅の手首にふれたまま「だめだ」と言い、うなだれた。

 兄弟子の言葉に顔色をさっと青ざめさせ、葉香が問う。


「なぜですか? 生きているんですよね?」


 気が遠くなりそうな感覚のなか、梅芳は苦心して妹弟子に答えた。


「この体には……魂魄がない」


 ――魂魄がなければ、体なんて中身のない入れ物にすぎない。


 梅芳を絶望感が襲う。

 魂魄がないと言われても、葉香は納得できないらしい。彼女は「魂魄がない?」と疑問の声をあげると、状況の不合理さを訴えた。


「魂魄……とくに魄がなければ、体はかたちを保てずに朽ちると教本で読んだおぼえがあります。でも、この体は生き生きしているじゃないですか」


 葉香の話は正論だったが、梅芳は例外もあると知っていた。本来なら妹弟子にその例外を語り、教えみちびく場面だったろう。しかし、今の梅芳にその気力はなかった。なぜなら、目のまえで魂魄をなくしているのは、彼が長年さがしつづけた愛しい男なのだから。


「おい。おまえら、さぼって寝てるのか?」


 唐突に遠くで男の声がした。どうやら、昏倒している門番たちをだれかが見つけたらしい。

 あせり驚いた葉香が「たいへんだ。師兄、逃げましょう!」と、兄弟子をうながす。

 しかし、梅芳は柳毅の頬に手でふれながら「逃げる? なぜだ?」と、弱々しく言うばかり。立ちあがろうとしない。

 いらだった葉香は、さらに言いつのる。


「見つかれば死罪です! 逃げるに決まってるでしょう」


 梅芳は「死」と口にする。彼はすこし笑って「かまわない」と言い、つづけた。


「死んでしまってもいい。柳師兄はもう、いないのだから。この人のいない世界に、わたしがとどまる意味なんてない」


 事もなげに言って、梅芳は柳毅を見つめつづける。

 困りはてた葉香は「死んでもいいなんて、言わないでください」と言い、梅芳を無理やり立たせようと彼の腕をひいた。

 梅芳は無言で首をふり、その場にとどまりつづけようとする。

 葉香はあきらめず、兄弟子の説得をつづけた。


「今の師兄は孝王妃なんですよ。許可なく後宮にたちいったと知れたら、王府の人たちまで巻きぞえにしてしまいます!」


 びくりと肩を震わせた梅芳の脳裏に、ほほ笑む武俊煕のすがたがよぎる。彼は力強く頭をふると「だめだ。孝王殿下は関係ない!」と口にした。

 葉香は「そうですよ。だから逃げましょう」と言い、梅芳の腕をさらにひく。

 すると今度は、梅芳がゆっくりではあるが立ちあがった。

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