第31話 縁きりの試み
――孝王が協力してくれれば、もっと情報があつまるかも。それに、柳師兄がいなくなったとき、この人は子供だった。師兄の失踪に関わっている可能性はかなり低い。
しばらく夫婦として一緒にすごした印象からも、武俊煕は人柄も信頼できると梅芳は感じる。思いきって、彼は口火をきった。
「師兄をさがしているのです」
武俊煕は「師兄?」と首をかしげる。
神妙にうなずいた梅芳は、さらに話をつづけた。
「淑妃さまが話してくれた十五年前のできごとに、行方不明の方士がでてきたのを覚えておられますか? その方士がわたしの師兄で、わたしは彼をさがしているのです」
理解できたらしい。武俊煕は「ああ」と目を見ひらくと話しだした。
「記憶をなくしていて、どんな人だったかはおぼえてはいない。だが、彼はわたしの命の恩人だ。父上……皇帝陛下は妖怪や幽霊、祟りなどの話を嫌うが、その方士のおかげで今のわたしがあると思っている」
言いながら、武俊煕はさらに真面目な顔つきになる。
――そうか。この人を助けるために、師兄は孝王府におもむいたのだったな。
幼かったとはいえ、武俊煕は当事者だ。梅芳は一か八か彼に質問してみた。
「記憶をなくしたと、あなたは言いますけど。まったくおぼえていないのですか? なんでもいいのです。おぼえているなら教えてください!」
興奮して武俊煕にさらに身をよせ、梅芳は問いただした。
梅芳の顔が目前にせまるのを見て、武俊煕は目をまるくする。しばし梅芳を見つめた彼は、そっと眉をよせて答えた。
「当時のわたしは、大けがをおって
なんの手がかりもえられず、梅芳は落胆する。彼は自然と武俊煕から身をはなした。武俊煕も梅芳がはなれるのをとめる気がないらしい。抵抗なく、ふたりは距離をとる。ただ、記憶をなくした武俊煕もふびんだと感じ「記憶喪失だなんて、たいへんでしたね」と、梅芳は同情もした。
梅芳の気づかいの言葉に、武俊煕はほほ笑む。彼は「だいじょうぶだ」と口にし、さらに話をつづけた。
「とくに不便は感じていない。記憶をなくした当時のわたしは八歳。なくして困るほどの記憶もなくてね。困ると言ったら、小蘭と結婚の約束をした記憶がない点だな」
『お従兄さま。子どものころ、妻にしてくれると約束しましたよね?』
曲蘭が言った言葉を思いだしながら、梅芳は「そうですか」と短くあいづちする。
武俊煕が「妻殿。話をもどすが」と口にし、梅芳にたずねた。
「あのときの方士が妻殿の師兄なんだね。つまり、彼が行方不明になって十五年。妻殿はずっと、彼を探しているのか?」
『大師兄が行方不明になって、もう十五年ですよ。そろそろ、あきらめては?』
武俊煕の言葉に、葉香が以前に言った言葉がかさなる。
――孝王殿下も、あきらめろと言いたいのだろうか?
勝手な推測だが腹がたつ。梅芳は「わるいですか?」と、武俊煕にかみついた。
機嫌の悪さは伝わったはずだ。しかし武俊煕はおだやかに「いいや」と言い、進行方向をむくと歩みを再開する。
梅芳と葉香も、武俊煕のあとに付きしたがって歩きだした。
歩きながら、武俊煕が言う。
「十五年もさがしつづけるんだ。妻殿はその師兄を、よほど慕っているのだろうと思ってね」
明るい武俊煕の声が背中ごしに梅芳の耳にとどく。
武俊煕の言動から、梅芳は冷やかしを感じた。彼を気にいっていると隠さない男だ。妬いているのかもしれない。
――挑発にのって言い負かせば、彼のわたしへの気もちも冷めるだろうか。
ずっと孝王妃でいる気のない梅芳は、彼のあとを追いながら「そうですよ」と応じると、話しだした。
「内功、外功、軽功、それに剣技。どの修練もだれよりもすすんでいて、武将を思わせる
柳毅の優秀さを語るうち、自分の話でもないのに梅芳は誇らしい気もちになる。
すこし間があき、武俊煕は進行方向をむいたまま「そうか」と返事をして彼にたずねた。
「素晴らしい人がいると婚儀の夜に妻殿が言っていたのは、その師兄だったのだろうか?」
柳毅の好ましく思う点を列挙し、高揚していた梅芳は幸せな感覚にひたっている。恋い慕う人に思いを馳せる彼は、歩く武俊煕の背中にむかい「ええ」と明るくはっきりした声で告げた。
やはり進行方向をむいたまま、武俊煕は「もうひとつ、たずねても?」と口にし、さらに問う。
「方士の修行をする者のなかには、自由な性を楽しむ者も少なくないと聞く。気を悪くしないでほしいのだが、その兄弟子と妻殿はもしかして恋仲なのか? たとえば、生涯をともにすると約束をしたとか……」
たずねにくく感じたのかもしれない。武俊煕は言いきらず、言葉をにごした。
思いがけない質問に、ぎくりとした梅芳は黙りこんでしまう。
『親もない孤児のわたしには、もったいない良縁だ。婚姻をむすばない理由がないよ』
失踪する数日前に柳毅が言った言葉が梅芳の頭をよぎる。
梅芳の変化に気づくわけもなく、武俊煕は話つづけた。
「生涯をともにすると約束するとまではいかなくとも、わたしなら愛する人にずっとそばにいてほしい。その兄弟子は妻殿に、そばにいてほしいとでも言ったのだろうか? そんな約束でもないと、十五年もさがせない気がするのだが」
武俊煕の言葉に、梅芳はまたぎくりとする。今度は過去の自分のねがいを思いだしたのだ。
『今生で柳毅とだれよりも長い時間をともにするのは、この梅芳なのだから!』
――師兄が婚姻をのぞんだのは、わたしではなかった。それに、彼といっしょにいたいとねがったのもわたし。わたしは彼を慕っていたが、師兄はわたしを好きだと一言も言っていない。
武俊煕の問いかけで自分の柳毅への気もちが常に一方通行だったと思い知らされ、梅芳の目がしらはじわりと熱くなった。
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