第27話 嫁と姑の初めての面会

 ばいほうの問いかけに、淳皇后は自信に満ちた笑顔で「後宮の実質的な管理者はわたし。後宮のなかでは、なんでもわたしの思いのままなのよ」と応じた。そして、彼女は「では、小軒シャオシュァン。行きましょう」と息子をうながすと、親子そろって歩き去っていく。

 去りぎわ、淳皇后がこほこほと咳きをするのを梅芳は耳にした。


 ――すこしまえに聞いた咳は、淳皇后だったんだな。


 梅芳は庭園をでるときに聞いた何者かの咳を思いだす。歩き去る淳皇后と武俊軒を見送ったあと、いまだに地面に膝をつく侍女に、梅芳は目をやった。


「だいじょうぶ?」


 侍女を立たせようと、梅芳は声をかけながら彼女にちかづく。

 すると侍女はふらつきながらも自力で立ちあがり「申しわけございませんでした」と、また深々と頭をさげた。謝罪する必要はないと、梅芳が侍女に話しかけようとしたときだ。


「孝王殿下?」


 驚きをふくんだ女性の声がして、全員の注目が声のほうへむく。梅芳の目に、寝宮のひらいた門の奥で品よくたたずむ女性がうつった。彼女はほっそりした美人で、着物や髪飾りは派手ではないが質がいいとわかる。豪華さはなくとも、妃賓であるのは一目瞭然だった。


 ――もしかして、このひとがげつ淑妃だろうか?


 どうやら梅芳の予想は当たったようだ。侍女は腰をひくくして女性にちかづき、彼女の背後にうやうやしく付きしたがう。

 淑妃はちらりと侍女を見たが、すぐに梅芳たちに視線をうつした。そして「もしかして、あなたが梅家のご令嬢?」と言いつつ、探る視線で梅芳をながめ見る。


 ――なぜだろう? すこし敵意を感じる。


 梅芳は緊張する。しかし、息子をもつ母親ならよくある反応だとも感じた。


 ――息子の嫁に初めて会ったんだ。品定めしたくなるのもわかる。


 梅芳は自分で自分の考えに納得し、深くお辞儀すると「淑妃さま。梅芳です。ごあいさつが遅くなり、申しわけございません」と姑にあいさつする。

 梅芳にちかづいた玥淑妃は「顔をあげて」とうながした。顔をあげた梅芳を見た彼女は「なんて、かわいらしい」と、梅芳の見た目をほめる。そして、淡々と言った。


「わざわざ会いにきてくれたのね。さあ、なかへ」


 ほほ笑む玥淑妃が彼女の寝宮にはいってくるよう、梅芳たちをうながす。


 ――笑顔ではあるが、目の奥が笑っていない。


 玥淑妃のあとに付きしたがいながら、梅芳は考えをめぐらせた。りゅうの情報あつめと怪異の鎮圧。彼は今、ふたつの問題をかかえている。嫁姑問題にまでさく余力は、梅芳にはない。


 ――これは、はやめに誤解をとくべきだろう。


 客間にとおされ、椅子に腰かけたときには梅芳の心は決まっていた。彼は「あの」と玥淑妃に呼びかけてたのんだ。


「実はわたし、淑妃さまにだけお話したい事柄があるのです。お人払いをしていただけませんか?」


 客間の奥、上座に座る玥淑妃が不思議そうに首をかしげる。しかし、すぐに笑顔になると「かまいませんよ」と言い、彼女の背後にひかえる侍女を見た。

 玥淑妃の視線を合図に、侍女は会釈をすると客間の扉へむかう。その際、彼女は部屋のすみにひかえているほかの侍女たちも引きつれて出ていった。

 客間のなかは梅芳、武俊煕、葉香、そして玥淑妃の四人だけになる。

 いぶかしんだ武俊煕が梅芳に語りかけた。


「妻殿。なんのつもりだ? もしかして……」


 武俊煕が勘づいているとわかり、梅芳は普段どおりの口ぶりで「そうです」とあいづちして言う。


「真実を話すのです。淑妃さまに無駄な心労をかけたくありませんから」


「真実? 心労?」


 梅芳の言葉をくりかえす玥淑妃は、困惑した様子だ。

 梅芳は「淑妃さま」と呼びかけ、きっぱりと言った。


「わたしと孝王殿下の結婚は、偽りなのです」


「い、偽り?」


 また繰り言を言い、玥淑妃は視線をさまよわせる。しかし、それも無理はない。嫁に初めて会ったばかりなのに、その嫁から結婚はうそだと聞かされたのだ。混乱しないわけがなかった。

 玥淑妃の反応は予想の範囲内だ。梅芳はなおも話をつづける。


「孝王殿下のまわりでおきている怪異を、淑妃さまもご存じですよね?」


 玥淑妃は動揺しつつも、こくりとうなずいた。


「わたしは、その怪異をしずめにきた方士です。孝王の花嫁候補ばかりがねらわれると聞き、囮として孝王府にはいったのです。それに……」


 つづく言葉を言いにくく感じ、梅芳は言いよどむ。ほんの少し頬を赤らめ「わたしは、女ではなく男なのです」と、王妃すがたの彼は恥じらいながら自分の正体を口にする。

 梅芳の打ちあけ話に、玥淑妃は「まあ、男性なの?」と驚きの声をあげた。

 驚く玥淑妃を前にして居心地悪く感じたが、梅芳は話をつづける。


「男の身で後宮をおとずれ、もうしわけありません。ですが、これもひとえに孝王府の怪異を鎮めるためなのです。ご容赦ください」


 梅芳の謝罪を聞くうちに冷静になりはじめたらしい。玥淑妃の驚いた顔は、徐々に思案顔にかわる。彼女は「そうだったのね。ようやく娘ができたと思ったのに……」とつぶやくと、武俊煕に目をむけて「孝王殿下」と息子に呼びかけた。気まずい様子で「はい」と返事する武俊煕に、玥淑妃が言う。


「怪異の件には、わたしも心を痛めていました。だから方士に対処させるのは賛成よ。でも……」


 言いよどんだ玥淑妃はそっと眉をよせ、真剣な表情で息子に忠告した。


「王妃の件はもちろん。怪異の件も、くれぐれも皇帝陛下には内密にね」


 玥淑妃に注意され、武俊煕は表情をひきしめると「わかっています。ご心配をおかけしてすみません」と、深くうなずく。


 ――なんだか他人行儀な親子だな。それに、わたしの正体だけでなく怪異の話が皇帝陛下の耳にはいるのを、とても嫌がっているみたいだ。


 梅芳が不思議に思ったときだ。


「伯母さま! 玥伯母さま!」


 とつぜん、聞きおぼえのある若い娘の声が外から聞こえた。

 嫌な予感がした梅芳は、客間の扉に目をむける。

 残念にも予感は的中したとすぐに知れた。開き戸が勢いよくひらき、武俊煕の従妹である曲蘭が客間のなかに駆けこんできたのだ。


「小蘭、どうしたの?」


 勢いのまま走りよってくる曲蘭に、玥淑妃が目をまるくしてたずねる。さきほど部屋からでていった侍女たちも、曲蘭を追って客間にはいってきた。

 おこした混乱を気にもせず、曲蘭が玥淑妃にすがりついて訴える。


「伯母さま。わたしをお従兄さまの妻にしてください!」


 小さく「まあ」と驚きの声をあげ、玥淑妃は困り顔で武俊煕を見た。

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