第19話 二度目の襲撃
ぎいと音をたて、寝室の扉がひらく。梅家の屋敷の自室でおこったのと同様に、そとの空気がはいりこみ、明かりがふっと消えた。このたびは月が雲に隠れているのだろうか。以前に怪異にあったときよりも、そとが暗い。
こつこつとためらいのない足音がして、人影が部屋にすべりこんできた。
――男だ。おそらく梅府で見た侍女すがたの人物と、同一人物。
梅芳は確信にちかい推測をした。
うごきやすさと目だちにくさを重視し、今回は黒装束でも着ているのだろう。部屋にはいってきた人影は、すっきりと体格のわかるかたちをしていた。高い背は以前のとおり。鍛えているとわかる体つきで前回の戦いぶりにも納得がいった。暗いなかでも、目だけは辛うじて見える。きっと、顔の大部分は黒色の布でおおっているのだろう。
梅芳にむかい、黒装束の男が無遠慮に手をのばす。
――ふれさせない!
生気をうばわれかけた経験のある梅芳は、男の手を警戒した。
のびてくる手をさけようと、男にむかい梅芳は鉄こん棒を勢いよくふる。
鉄こん棒をかわし、黒装束の男はさっとあとずさった。しかし、ひるみもしない。男は態勢をたてなおすと再度、手をのばしてきた。
――以前は出方をうかがった。でも、今回はその必要もない。実態があるなら、捕らえてみるまでだ!
人影を打ちのめそうと、梅芳は一歩ふみだそうとする。ところが、彼にはひとつ誤算があった。今の彼は豪奢な花嫁衣装をまとっていて、たっぷりとした着物のすそは、床につきそうなほど長い。衣装を考慮し忘れた彼の足が、花嫁衣装の長いすそをふんでしまう。
――しまった!
体勢がくずれ、失態に気づいた梅芳はあせった。黒装束の男を見る梅芳の瞳に、彼にせまる男の手のひらがうつる。男の手に捕まると予感した直前だ。腕を強く引かれた梅芳の体は、思いがけず背後にたおれた。
「!」
うしろにたおれこむ梅芳の目に、
空いている手で梅芳を抱きとめ、武俊煕は黒装束の男に蹴りをいれる。そして、彼は抱きとめた梅芳の身を自分にひきよせ、剣をあらためてかまえなおすと、梅芳に話しかけた。
「だいじょうぶか?」
梅芳をちらりと見て、武俊煕がたずねる。
暗がりではあるが武俊煕が自分を見ていると、梅芳にはわかった。思わぬ助け舟にぼうぜんとなる彼だったが、ハッとわれにかえると懐から御符をとりだす。その護符は、梅府で葉香がつかった呪詛やぶりの御符だ。彼は「この呪文の要旨を諒解し、早急に律令のごとくにおこなえ!」と、護符にむかい詠唱した。
すると、護符は前回とおなじで青白い光を発しだす。
梅芳は光る護符を黒装束の男に投げつけた。
武俊煕の思わぬ参戦で態勢をくずし、護符をさけきれないとさとったのだろう。黒装束の男は、光りむかってくる護符を足で蹴りやぶる。
男の足にふれた瞬間。やぶれながらも護符がはげしく青い炎をあげた。
履物が燃えたからだろう。男は一瞬よろける。しかし、なんとか態勢をたてなおすと、火が消えきらないにもかかわらず、部屋のそとへと走り去っていった。
――追いかけたいけど、花嫁すがたでは不利すぎる。
衣装のすそをふんだ失態を梅芳は思いだす。
「今のが妖怪?」
おこったできごとを飲みこめずにいるのだろう。武俊煕も、黒装束の男を追う気配はなかった。ただ、動揺した声色で疑問を口にするばかりだ。
梅芳が答える。
「妖怪かどうかはわかりません。でも、花嫁をねらう者がいるのは、まちがいないでしょう」
すると、武俊煕が梅芳を抱く腕にぐっと力をこめ、彼をさらに引きよせて言った。
「方士殿。あなたが解決するつもりなのだね?」
怪異退治をする梅芳の身を案じているのかもしれない。不安げだが、耳ごこちのいい声で武俊煕がたずねる。同時に、言葉を発する武俊煕の息づかいを梅芳は顔で感じた。黒装束の男にばかり注意をむけていた彼は、ようやく自分が武俊煕に抱かれたままだと気づく。そして、自分を支えているせいで彼がうごけずにいるとも理解した。
――まさか、若公子に助けられてしまうとは。
今さら感謝の言葉を口にするのも、ためらわれる。気まずく感じながら、梅芳は武俊煕の胸をそっと押し、彼から体をはなした。ひとりで立つと同時に人肌のぬくもりが消え、彼は寒さを感じる。それがきっかけだった。彼の脳裏に、ある考えがうかんだ。
――師兄の痕跡をここでさがしたいけど、きりだし方に迷っていたんだった。
今が言いだす機会だと感じた梅芳は「そうです」とあいづちすると、威厳たっぷりに武俊煕に要求する。
「この怪異事件を解決するためにも、黒装束の痕跡をさがして王府のなかを調べてまわりたいのです。わたしが王府じゅうを歩きまわるのを、許可してくれますか」
黒装束の男の痕跡を調べると言ったが、ほんとうは
梅芳の思惑など知らぬ武俊煕は、妖怪をかわった獣と思うほど怪異には明るくなかった。よって、彼は「もちろん、かまわない」と、梅芳のねがいをうけいれる。しかし、低く真面目な声でこうも言った。
「くれぐれも、身の安全には気をつけて」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます