第10話 王府への誘いと師匠の言葉
「いくら若くみえても結局、わたしは男だ。夫になる人は、ごまかしきれないだろう」
兄に問われた
「皇族を怒らせたら、不敬罪で死刑だしね」
ところが言葉とは裏腹に、梅靖はけろりとして「でもね」と言い、話をつづける。
「まずは兄が偽の花嫁として嫁いで、危険がなくなったら娘といれかわりますって、花婿には言ってあるから問題ないよ」
さらりと信じられない答えがかえってきた。耳をうたがった梅芳は「え?」と声をあげ、目をまるくして問う。
「偽の花嫁を嫁がせるって、しかも男が嫁ぐって、伝えてあるのか? 花婿に?」
梅靖は「そう」と軽くうけあい、兄にまた答えた。
「妖怪に襲われて大事な娘になにかあったら困るから、まずは兄が花嫁になりすまして嫁ぎますって、花婿に言ってある」
淡々と話す弟に、梅芳は「花婿は承諾したのか?」と、さらにたずねる。
すると、ほこらしげに胸をはり、弟は兄に返事した。
「兄上はそこらの女より美しくて、方術の修行もしている。怪異にも詳しいんですって話したら、心強いって言ってらした」
「……」
――花婿公認の身代わり?
想像以上の不可思議な状況と知った梅芳は驚きのあまり、ぼうぜんとする。
場の雰囲気は、今や梅靖が優勢だ。彼自身も気づいているのだろう。梅靖は「
「左隠君からも言ってください! 家族は助けあうべきと思いますよね?」
なりゆきをだまって見守っていた左隠君が「ところで、
「花嫁をむかえたがっていらっしゃる皇族とは、どなただい?」
左隠君に問われた梅靖は、きょとんとして「言ってませんでしたっけ?」と、首をひねった。
左隠君は、こくりとうなずく。
肝心の花婿がだれかも知らないと、梅芳も今さらながらに気づいてハッとした。
梅靖が左隠君に答えて言う。
「今年、二十三歳になられる孝王殿下です」
「!」
聞きおぼえのある名に、梅芳は驚いて息をのんだ。
『孝王夫人から師父への要請なんだ』
行方知れずの柳毅の言葉が頭をよぎり、梅芳は思わず「孝王」とつぶやいた。
梅芳が驚くのも無理はない。その名はかつて、妖怪退治を依頼してきた夫人の夫の名だったのだ。
梅芳が孝王の名を思いださない日は一日もなかった。思わぬところで思わぬ名を聞き、彼はおどろく。同時に、ひとつ疑問がわき「だが」と口にすると、だれにとはなく言った。
「孝王が二十三歳なんて、若すぎる」
すると、梅靖が「もしかして、皇帝陛下が代替わりされたのを知らないの?」と目をまるくして声をあげ、兄に答えた。
「まえの孝王殿下が皇帝陛下におなりになり、王府と名を第一皇子にゆずられたんだ」
言って、梅靖は眉をよせ「山にこもってばかりだと、時勢にうとくなるんだね」と、ため息をついて首をふる。
――名前はおなじでも別人なのか。
柳毅が失踪した当時の孝王ではないと知り、梅芳は興味をなくしかけたが、思いなおすと弟にたずねる。
「つまり孝王妃になれば、孝王府にはいれるんだな?」
兄が孝王の邸宅にはいりたがっていると気づいたが、理由がわからないのだろう。梅靖はさらに眉をよせたが、それでもきっぱりと答えた。
「あたりまえだよ。王府の女主人になるんだから」
――そうだ。孝王妃なら、孝王府のどこにだって気がねなく行ける!
弟の答えに、梅芳は今までにない高揚感を感じる。なぜなら彼は、柳毅が行方不明になって以来、ずっと孝王の邸宅をおとずれたいと考えていたからだ。
柳毅が失踪した当時。
孝王の邸宅の人々は『妖怪を追って王府をでたまま、柳毅はもどらなかった』と梅芳たちに説明した。その証言をもとに、邸宅の周辺を手あたりしだい捜索してまわったが、兄弟子の痕跡はつかめなかった。
柳毅を必死にさがしていた梅芳は当時、手がかりをもとめて邸宅のなかも調査したいとねがいでた。しかし、十五年たった今になっても許可はおりていない。
――孝王妃になって王府にはいれば、柳師兄の行方につながる情報が手にはいるかも。
この好機に、梅芳は期待してしまう。いてもたってもいられず、彼は左隠君に目をむけると「師父」と呼びかけた。
期待のまなざしをむける弟子を見て、左隠君が問う。
「行きたいのだね?」
梅芳は師匠にふかくうなずいた。
ねがいがかなうと感じたのだろう。梅靖はふくよかな顔をぱっと輝かせた。
左隠君が梅芳に語りかける。
「おまえは、今いる弟子のなかで一番見こみがある弟子だ。だが、柳毅への執着が強すぎて、何年も修行がとどこおっている」
「!」
師匠の指摘には自覚があった。罪悪感を感じた梅芳は、思わず視線を床に落とす。ところが、すぐに「おまえの好きにしなさい」と師匠が言ったので、梅芳は驚いて、さっと顔をあげた。
自分を見る梅芳としっかりと目をあわせ、左隠君はさらに話す。
「七歳でわたしに師事したおまえは、仙道士になる道しか知らない」
言って、左隠君は梅芳にむけていた視線を応接室の扉にむけた。そして、おだやかな口ぶりでつづける。
「すすむ道をよく考えるときかもしれないね」
左隠君の言葉の意味が理解できず、困惑した梅芳は「師父、それは」と言い、意図を問おうとした。しかし、左隠君が「行きなさい」と言ったので、彼は口をつぐむ。
左隠君は言う。
「人の世に身をおくのも修行のうちだよ。だが、ひとりでは心もとないだろう。そうだな……」
すこし思案し、左隠君は「おまえによく懐いているし、
こうして、梅芳は男の身で孝王の偽の花嫁になると決めたのだった。
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