第2話 結びつかない縁

 柳毅に結婚の意思があるのはわかった。しかし、梅芳が聞きたいのは目に見える事象ではない。柳毅が自身の婚姻をどう考えているのかだ。よって、知りたい話を聞きだせなかった彼は、いらいらして問いなおした。


「わたしと師兄は、ふつうの人間には望めない長命を手にいれた。師兄は結婚相手と、夫婦そろって白髪になるなんて無理なんです。相手がたちまち、さきにいなくなってしまうのだから。それでもいいんですか?」


 梅芳の言いぶんに、まわりをさがし見ていた柳毅のうごきがとまる。彼はゆっくりと梅芳にむきなおると、真面目な顔で話しだした。


「彼女もわかっている。それでも夫婦になりたいと言ってくれるんだ。それに、わたしの育ての親である叔父がくれた縁でもあるし、師父もよろこんでくださっている」


 指を折って数え、りゅうは「親もない孤児のわたしには、もったいない良縁だ。婚姻をむすばない理由がないよ」と、生真面目な顔できっぱりと口にする。

 たいして関心のないふりをし、ばいほうは「ふうん」と柳毅に軽いあいづちをかえした。そして、だまりこむ。


 ――師兄は、結婚には興味がないと思っていたのに。


 柳毅にあわい恋心をいだく梅芳のなかに、歯がゆい気もちがわいた。


 不老不死をめざす仙道士の多くは、積極的に婚姻を結ばない。それでいて、修練によっては性的な交わりを必要とする場合もあり、同性での交わりなど性に奔放な修行者は多い。

 しかし、優秀で育ちもいい梅芳は自尊心が高く、尊大な態度をとりがちな人物だった。そのため、意中の人とはいえ結婚まで決まっている同性の男に告白し、しかも失恋するなどたえられない。よって、彼は自分の気持ちを兄弟子に告げられずにいた。

 沈黙する梅芳を不審に思ったのだろう。柳毅が彼の顔をのぞきこみ「梅師弟?」と声をかけた。

 すると「良縁ならば」と口をとがらせ、梅芳は不満たっぷりに話しだす。


「師兄は婚儀を最優先にすべきです。師父の弟子はたくさんいる。なのに、どうして師兄がこんな時期に妖怪退治に行かなければならないのですか?」


 梅芳は、心とは裏腹の不満を柳毅にぶつけた。

 ところが気を悪くしもせずに、柳毅は梅芳に答える。


「孝王夫人から師父への要請なんだ。でも、よほどの事態でなければ、師父は山をおりたりはしない。かといって、皇族の依頼をほうってもおけない。かわりがつとまるのは、わたしか梅師弟だ」


「わたしは行きません!」


 梅芳は胸のまえで腕ぐみをし、そっぽをむいた。柳毅が妖怪退治に行く必要はないと、梅芳は思っている。同時に、自分が代行する必要もないと考えていた。梅芳は自分の考えの根拠を口にする。


「王府に妖怪があらわれるだなんて、きっと気のせいですよ」


 うんざり顔で梅芳は主張した。

 再度あたりを見まわしながら、柳毅は「そうだろうか?」とあいづちする。

 梅芳は「そうです」と言い、兄弟子に答えた。


「妖怪が特定の人物をつけ狙うなんて、よほどの遺恨がなければおこらない。つけ狙われているのは、年端もいかない子供なのですよね? 子供が大きな遺恨をどこでのこすのですか?」


 梅芳の話にうなずき「たしかにそうだ」と応じると、柳毅は推測を口にする。


「屋敷の者は妖怪だと言っているが、実際は妖怪ではなく幽霊なのかもしれない。幽霊なら、子供のあずかり知らぬところで執着をのこしていてもおかしくない」


 柳毅の意見を、梅芳は一笑にふして言う。


「だとしたら、そこらの方士で事足りる。やはり、わたしたちが行く必要なんてないのです」


 きっぱりと言った梅芳だったが、すこし勿体ぶって「わたしは」とつづけると、彼の思うところを話した。


「子供をつけ狙っているのは、人だと思います」


 柳毅は周囲に目をむけたまま「人?」と、梅芳の言葉をくりかえす。

 梅芳は「ええ」と胸をはり、自信満々に語った。


「だって、その子供は孝王の第一王子なのでしょう? 跡目争いで敵対派閥に狙われるほうが妖怪に狙われるより、よほど現実味があるじゃないですか」


 梅芳の言いぶんを正しく感じたらしい。柳毅は「なるほど」とうなずく。

 兄弟子の同調に機嫌をよくした梅芳は「だから」と言い、さらに主張した。


「結婚をひかえる師兄がわざわざ行く価値はないのです!」


 梅芳の主張は、婚儀を優先するべきと柳毅には聞こえただろう。ところが、彼の本心はちがう。


 ――妖怪退治に手間取ったら、師兄の婚礼は先のばしになるだろうか?


 都合よく考えたが、梅芳はすぐに自分の考えが甘いと気づいた。なぜなら、妖怪でも人間でも優秀な兄弟子ならば、きっと簡単に事件を解決してしまうからだ。ならば、婚儀もつつがなく行われるにちがいない。


 ――もう師兄の婚姻はとめられない。梅芳よ、梅芳。おまえだって、わかっていただろう?


 失望で梅芳の目がしらは熱くなったが、彼はぐっと涙をこらえて思考をほかにむける。


 ――だいじょうぶ。柳師兄と彼の妻の結婚生活は、わたしにとっては短い時間なのだから。


『師兄は結婚相手と、夫婦そろって白髪になるなんて無理なんです』


 自分の言いぶんを、梅芳は思いだした。

 梅芳と柳毅は不老不死をめざし修練にはげむ仙道士。しかも、いくらかの修練に成功した彼らは、不死でこそないが長命をすでに獲得している。そうであるのに、柳毅の婚約者はふつうの人間だ。寿命を考えれば、柳毅と長く一緒にすごせるのは花嫁より梅芳だろう。


 ――わたしは柳師兄と婚姻の縁をむすべなかった。でも、わたしは彼の妻よりも長い時間を、師兄と共有してみせる。そうすれば、わたしと柳師兄の妻のどちらが彼にとって大きな存在になりえるかなんて、火を見るより明らかだ。


 梅芳は心のなかで自分をなぐさめた。


「師弟は、わたしの婚姻を一番に考えてくれるのだね」


 他意もなく口にし、柳毅は「ありがとう」と礼を言う。

 礼を言われた梅芳の心境は複雑だ。よって、かえす言葉もなく閉口するしかなかった。

 ところが、だまりこんでも梅芳は不審がられない。

 なぜなら、ついに柳毅は欲する物を見つけたからだ。彼は「ああ。いい物があった」と言い、注意をそちらにむけた。

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