【BL版】煦煦たる皇子殿下の寵妃は絶佳の呪術師 ~失踪した初恋の人を探し求める美貌の方士は、偽りの花嫁を演じるうちに二度目の恋に落ちる~

babibu

第一章 初恋の消失と途切れた誓い

第1話 無限の延命術

 りゅう失踪の数日前。


 夜風がさわさわと木々をゆらす音にまじり、金属同士がはげしくぶつかる音がひびく。打撃音は闘技場から聞こえてくるらしい。月明かりに照らしだされた石づくりの舞台で、ふたりの男が打ちあい稽古をしていた。


 ひとりは鉄製のこん棒を手にした青年、ばいほう。体格は人なみだが、うごきは機敏。重いこん棒を難なく振るう様子からも、彼が日々の鍛錬を怠っていないとわかる。彼は長くのばした髪を耳のうしろで無造作にまとめていて、かろうじて稽古の邪魔にならない体裁をとっていた。髪の手入れがその程度なら着物も似た状況だ。身なりに厳しい人なら彼の風体に眉をひそめるだろう。ただ、彼はだらしない身なりに似合わない美貌の持ち主でもあった。打ち合い稽古で思いきり体をうごかす梅芳のきめ細やかで白い顔はほんのりと赤みをおび、艶やかで美しい。

 もうひとりは、りゅう。背の高くがっしりとした体つきの青年で、持ちあげるのも苦労しそうな大剣をたずさえている。重い剣ではげしく打ち合っているのに息さえあげておらず、彼のうごきは優美でさえあった。着物にもいっさいの乱れがなく、後頭部でまとめあげている髪は毛の一本たりとも崩れていない。凛々しく太い眉をもつ彫りのふかい顔は整っていて、君子らしい落ちつきのある人物だ。


 ふたりはおたがいに一歩もひかず、こん棒と剣をはげしく交錯させていた。


「いい身ぶりだ。ばい師弟してい


 弟弟子の腹めがけて大剣を一文字に振りながら、柳毅がばいほうをほめた。

 梅芳は鉄こん棒を剣にぶつけ、兄弟子の剣の軌道をそらす。


「あたりまえですよ! 師父しふの弟子のなかで、わたしが一番優秀なのですから!」


 梅芳は自信満々に主張し、兄弟子に勝ち気な笑顔をむけた。

 生意気を言う弟弟子が攻撃を封じたのに、柳毅は声をあげて笑う。宙返りで後方にしりぞいた彼は、おだやかな口ぶりで弟弟子に返事した。


「師弟は負けん気がつよい」


 柳毅にあわせ、梅芳は自分もすばやく後方にさがる。彼はあごをあげて「ふん」と笑いとばした。それから「りゅう師兄しけいはわたしのつぎに優秀ですよ」とつづけ、彼がそう考える理由を語る。


「師父をのぞけば、長命を手にいれている弟子は、わたしと師兄だけですからね」


 梅芳と柳毅。ふたりが師事しているのは、左隠君さいんくんと人々から呼ばれる仙道士だ。

 仙道士は、霊的な境地である不老不死にたっするべく修行や方術、調薬などをおこなう修行者。彼らはたいてい、人里はなれた山奥の秘境などで修練に明け暮れている。


 柳毅はおだやかに「慢心してはいけないよ」と、得意になっている梅芳をさとして言う。


「長命なだけで、不老不死ではないからね」


 話しながらも、柳毅は人差し指と中指をたてて刀印をむすんだ。そして、印をむすんだ指を剣身にゆっくりとはわせる。彼が指をはわすと同時に剣に呪術がほどこされ、剣身は炎をまとった。


「ほんとうにそうでしょうか?」


 兄弟子に問いかけた梅芳は、彼にむかって鉄こん棒をかまえなおす。


「どういう意味だい?」と柳毅。


「かぎりなく不死にちかづく方法はあるじゃないですか」


 きっぱりと言い、梅芳は軽薄に笑った。

 弟弟子の答えが気にいらないらしい。柳毅は「師弟、もしかして」と口にし、そっと眉をよせる。

 梅芳の話はさらにつづいた。


「わたしたちの修練は、生きながらにして魂魄と肉体をわける術を体得するにいたっている。だから昔話にでてくる狐狸精こりせいの王妃みたいに、わたしたちは自分以外の肉体に魂魄のうつしかえができる。つまり古い体を捨て、新しい体へ魂魄を乗せかえつづければ、どこまででも延命できるはずです」


 自信のある口ぶりで言い、梅芳は兄弟子にほほ笑みかける。

 ところが、柳毅は梅芳の意見に賛同しなかった。それどころか「なんて方法を考えるんだ!」と声をあらげた彼は、剣を弟弟子にむけると勢いよくとびかかる。ぐんぐんと梅芳との距離をつめ、彼は叫んだ。


「他人の生を犠牲にし、自分を生かすなんて邪道だ!」


 言いきるとともに、炎をまとった柳毅の大剣が梅芳をするどく突いた。

 柳毅のうごきは梅芳の想像より俊敏だ。彼はぎりぎりの瞬間に兄弟子の剣をさけるので精いっぱい。剣身をさけはしたが、剣のまとう炎が梅芳を襲う。


「あつ!」


 梅芳の手の甲に剣の炎がふれた。猛烈な熱波に、彼は思わず短い悲鳴をあげる。

 柳毅は「梅師弟!」と声をあげ、慌てて戦闘態勢をといて大剣を背中の鞘にもどした。

 梅芳も戦っていられなくなり、やけどで痛む手を「あちち」とひらひらとふる。

 血相をかえて梅芳に走りより、柳毅は「すまない!」と声をあげた。彼は、すばやく梅芳のやけどを検分すると、顔色を青ざめさせる。


「冷やさなければ!」


 大慌てで言って、柳毅は周囲に目をむけた。どうやって患部を冷やそうかと考えているのだろう。彼はきょろきょろとあたりを見まわす。せわしなく視線をうごかしながら、柳毅は「心をみだしてしまうとは、わたしも修行がたりない」と弱弱しく言う。

 しかし、柳毅の見解に梅芳は同意できなかった。彼は手の甲のやけどを見つめ、考える。


 ――乱心者なんかに、わたしは負けたりしない。師兄が心をみだしただけなら、うまく逃げきれたはずだ。


 梅芳は、やけどから柳毅に視線をうつした。彼の目に、あたふたする柳毅のすがたがうつる。打ちあい稽古中の兄弟子とは別人だ。めぐまれた体をもち、武術や方術をよくするが、柳毅はやさしい性格で人柄もいい。慌てる彼を眺めながら、梅芳はさらに考えをふかめた。


 ――柳師兄は、彼自身が思っている以上に強い。彼なら修行者がめざす霊的な境地にたっするかもしれない。なのに……


 柳毅の現状に不満がある梅芳は「ねえ、師兄」と兄弟子に呼びかけ、たずねる。


「柳師兄は、ほんとうに結婚するのですか?」


 あたりを見まわすのに忙しいからだろうか。柳毅の反応はすこし遅れたが「そうだよ」と梅芳を見ずに答えた。

 梅芳は、さらにたずねる。


「相手は、ふつうの人間なのに?」


 今度の反応ははやかった。やはり弟弟子に視線をよこさず、柳毅は「ああ」とうなずいた。

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