第6話 メモ帳 大合唱 十進法
新世紀九九年の年の瀬、男はとても困っていた。
男の仕事は小説家なのだが、使っているメモ帳、テキストエディターの誤作動によってある不具合が生じていた。
「なんで合唱するんだ?」
読み上げ機能がどういうエラーを起こしたのか、読み上げはするものの合唱をする。それだけならいいものの、起動してもいないテキストエディターも合唱を誘発して、大合唱の体をなしていた。
発覚したのは年の瀬、大みそかということで会社の対応もしておらず、こんな明らかにあり得ないエラーも男のテキストエディターのみであるらしく、ネット上でも対処法などは書いていない。
ほかのテキストエディターを使えばよかったが、男は電波が届かない山荘で執筆していたため、そもそもほかのテキストエディターを使えない、という事情があった。
「だが、これはひょっとして?」
差し迫って締切が近い案件はそんなにない。娯楽といえば読書か運動くらいしかなかった山荘で、音楽という娯楽があるではないか、ということに気が付いた。
「これをこうして、おお、ちゃんと歌っている」
歌唱読み上げ機能、とでもいうべきかはなぜか妙に優れていて、男の作詞に合わせて自動で節をつける。最初はカエルの声などの、輪唱系の童話を書き込んでいたのだが、自身が手掛ける詩を書きこんでも見ることにした。
テキストエディターの歌唱力はなかなかのものだった。男のほうも盛り上がってきて、ワインを飲みながら夜遅くまで作詩をしていた。
そして、いよいよ新年というところでまたもや異変が起きた。
テキストエディターが全く機能しなくなったのだ。
アナログでも使えるという触れ込みだったから使っていたのに、不満に思いながらも新世紀一〇〇年を迎えた男は眠気を覚えたのでベッドにもぐりこむことにした。
そして、パソコンでやることもなくなったので、下山する。冬ではあったが降雪はほとんどなく、歩いて帰れる距離だったためだ。
麓のバスまで来ると電波状況は改善され、携帯端末で男は事の状況を調べることにした。
どうやら、男の使っていたテキストエディターを作っていたのはA社なのだが、A社の他の製品が新年を迎えるとともに動作をしなくなったのだという。
コンピューターウィルスか、脆弱性を突かれたのか、さまざま議論が生まれたが、有志のユーザーによって解析が進んだところあきれるべき結果が公表された。
プログラムの中の時間が九九まで進んでからの折り返し、一〇〇に進むコードを書いていなかったのだという。
この手痛いミスがどうして発覚しなかったのか、誰も気づけなかったのか、いろいろあるがA社は賠償金や、社会的な信用の失墜などで、株価が新年早々急激に下落した。
大合唱して、大合掌というわけだ。
しかし、男は期待もしている。
あれだけの歌唱能力を持ったプログラムをかけているのだから、社運も持ち直すこともあるのかもしれない。
男は自分の奇想をアナログのメモ帳に記した。
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