第5話 サバイバル 有権者 不正アクセス

プロローグ

 失わせるのは四人だと、彼は最後のキーを打鍵した。

 このゲームは不確定な要素もある、と彼は独白する。

 彼女の名前を呼ぶ、今は亡き血族の名前を。

 お兄ちゃんは正々堂々と戦っていてかっこいいね、端末が何かのトリガーになったのか起動して生前の彼女のボイスメッセージが起動する。

「不正規アクセスは正されなければいけない、僕と彼女の関係を終わらせた不正規アクセス者ども」

 お兄ちゃん、ボイスメッセージが告げられる。

「どうして助けてくれなかったの?」


視点・探偵

「失踪した彼女の交友関係を探してほしいんです」

「はぁ、なるほど」

 五階建てのビルの二階に位置するフロアに、松江探偵事務所と窓ガラスに看板代わりに居を構える、松江小手次は目の前の依頼人と話していた。

 助手の尾上木乃香がコーヒーを出す。最近は世間が口うるさくなっているため、こうして接待で出す飲み物にも気を配っている。原材料が豆のみのペットボトルのブラックコーヒーだ。

「まぁいいですけどね、なんて娘さんです?」

「呉井蜜夢という、私より二歳若い女の子です」

 資料に目配せしながら松江は依頼人に二つ返事をした。

「木乃香、階下まで送って差し上げなさい」

 尾上木乃香が依頼人をビルの玄関を出るのを見送りながらペットボトルのコーヒーを飲んでいた。

 資料を見る、契約内容を読み返す、何より金払いがいい、良案件だ。

 だけど、どこか妙なところがある、契約内容を見ればよく分かる。

 なぜか、途中で切り辞めるところを積極的に書き込んでいたのだった。


視点・ 正規アクセス者

 ルールも知らずにゲームに飛び込むこともある、と俺はなぜか子供のころにはまっていたコレモンを思い出していた。

「あなた達は不正規アクセス者を発見して、排除してください。正規アクセス者のみが生き残れば、生存数に応じて賞金を分配します。不正規アクセス者のみが生存している場、同様に生存者に賞金を分配します」

 拾い遠景の中央にあるコンソールに音声と同様の文章が書かれていた。

「以上です、健闘を祈ります」

 どこかで聞いたことのあるゲームのルールだ、と俺は思い出そうとしたが、キーワードが出てこなかった。

 これって、呟く群衆。数えると十人いる。

「人狼だ!」

 そう人狼ゲームだ、と合点がいった。


視点・探偵

 呉井蜜夢はあまり評判は良くなかったが、交友関係はさらによろしくなかった。彼氏が気にするのも無理はない、と松枝は手帳に書きなぐった。

 半グレのゴロツキに、闇金の取立人、オーナーとできているキャバ嬢、居場所のない若い女を食い物にする女衒女、と目立った関係性が見えるのはこの四人だ。

 金払いがいいのにもうなずける、これは一介の探偵が一人で処理するのには厳しい条件だ。

 撤退も視野に入れるべきか、と松江は考えるが、出張時の尾上の言葉を思い出す。

「これだけもらえれば色々収支が改善できますねぇ」

 背に腹は代えられない、松江は腹をくくったうえでまだ情報に安全性が見えているキャバ嬢について調べることにした。


視点・ 正規アクセス者

「これって人狼ゲームだ」

「人狼って何よ」

「村人陣営と人狼陣営の二チームに分かれて、正体を隠しながら議論によって勝利条件を満たしていく、いわゆる」

 正体隠匿ゲームというやつだよ、とコンソールにもたれかかった男がお鉢を取った。

「じゃあ、最初に吊るす奴を決めようぜ」

「え? な、なんか軽い。さてはお前、人狼だな?」

「そういうお前が」「いやいや、お前が」「テンプレ乙」

「一応、ルールの確認といこうじゃないか」

 コンソールにもたれかかった男が議論を進める議長の役を買って出た。

「このゲームはフルダイブ式の仮想世界にアクセスして行われている、ゲームの言葉を借りれば正規アクセス者が不正規アクセス者をすべて排除する、もしくは不正規アクセス者が正規アクセス者を排除するゲームだ」

「第三陣営はいないよな」

「第三陣営?」

 人狼に詳しくない人物がいるのだろう、確かに前情報なしでゲームに招待が渡された以上事前に情報を持っていないプレイヤーは想定できる。

 あまり発言しないのもヘイトを集めると考え、俺は発言する。

「第三の勝利条件を持ったプレイヤーだよ、それもきけるんじゃないか?」

 俺の声に反応してか、音声とともにコンソールに文章が映し出される。

「このゲームにおいて、陣営は正規アクセス者と不正規アクセス者のみです」

 機械の合成音、とは言っても仮想空間である以上、アバターは合成でコミュニケーション音声も合成であるのは普通だ。

「はいはーい、私あの人に一票入れたいと思いまーす」

 軽いノリの女? が能天気に具合の悪そうな男を指さす。

「ちなみに理由は?」

「えー、根暗っぽいシー、なんか詰まんなさそうだし」

 軽いノリの女のアバターはよくできていた、一目見ただけで作りこまれたアバターだと判断できる。そのうえで、美声な合成音も伴って即席な民主主義は根暗くんがつるし上げられることになった。

「は、ふざけんなよ、そうだ、お前よく見れば」

「アバター名、アインスに過半数の票が集まりました、刑を実行します」

「あけみ!」

 その名前には覚えがあった、アインスを見送る中で俺はあけみと呼ばれたアバターの表情が揺らぐのを見た。

 アインスは天井から降ってきた鉄の棺に収監された。


視点・探偵

「三笠朱美、ね」

 松江は手帳に書き込みほかの半グレ、闇金の取立人、女衒女、の名前を洗っていく。

 時任光一、辻城正義、伊達幸子、どれも明るく好ましい意義の字面でありながら行っているのは光り輝いているわけでも、正義であるわけでも、幸せであるわけでもない。

 ただ、この連中には共通点があることに気が付く。

「借金で困っている」

 タバコを吸う代わりに口臭ケアの清涼カプセルをかみつぶしながら松江は資料を見る。それこそ。

「人を殺してでも、か」

 不謹慎な空想が、しかし、それほどまでに外れた的でもないことをネオンが小うるさい風俗街の暗夜を見上げながら思った。


視点・ 正規アクセス者

「ちょ、なんであいつ私のことが」

 アケミちゃんを見る、俺の知っているアケミちゃんとは外面の印象とは違っていたが、うかつさは俺の知っているアケミちゃんだった。

「じゃあ、一日目終りだな」

「コンソール、じゃあ長いか、ねぇ、ナビゲーターのことはなんていえばいいの?」

 ナビゲーター、誰かがコンソールのことについての呼称を尋ねた。ゲーム内の時間は現実世界での流れよりもはるかに速い。短い付き合いであるだろうが、呼び名が決まっていたほうが抵抗が少ない。

「私のことは縁とお呼びください」

 音声と同時にコンソールにも表示される。合成音からエンではなく、ゆかり、という読み方がわかる。

 縁、ね。

 俺は縁に対して尋ねる。

「一日目はこれで終わりだろうけれども、そうだな、情報の共有をしたい。拘束時間の前までに話し合いをしてもいいだろうか」

「許可します。そもそも拘束時間はありません」

 システムの縁が回答する。俺は静かになる。

「さて! せっかく話し合いができるんだ、賞金の獲得のために正規アクセス者同士で語ろうじゃないか!」

 胡坐をかいて先ほどから議長の役を買って出ようとしている男がまとめようとしている。

「軽く、そうだな自分の名前だけでもいいからみんなで共有をしよう」

 エルフ、と男は名乗った。

 アケミは観念した様子でアケミと名乗った。

「ってか、なんであいつ私の名前分かったんだろう」

「スキルじゃないか? 人狼ゲームを円滑に進めるための」

「私だけ不利益こうむって円滑も何もないわよ」

 人狼ゲームをよく知らないアケミに好印象を持ってもらおうとした、男性プレイヤーが解説をするが、自身の現状を理解したアケミが左手で右の二の腕を強くつかむ。これは確定だな、とリアルのアケミの癖をよく知る俺は断定する。

 だが、これはどういうことだ?

 恐らくアインスはジャスティスだ、かえってマサヨシやセイギと呼ぶと気を悪くする、変なところにこだわりのある半グレものだ。

 昔からアケミに気のあるあいつだが、リアルでも顔の造作が悪いことに劣等感を抱えていた。そのくせ従順な女には暴力的になるところがあったな、と俺は思い出す。そういえばアケミが不細工といったことに気がたっていた。やはり、マサヨシだ。

 そして、ユカリ、ね。

 アインスのスキルについての分析や考察は様々されたが、情報を得る前に吊るしてしまったために、アバターではなくリアルでの外見がわかる、看破系のスキル、ということで片付いた。

 そうなると、アケミの立場は悪くなる。

「どうして、アインスさんを指名したんですか?」

 当然そうなる、アケミのアバターの外面はとても良い。翻っていえば俺のアバターはモブだ。クオリティが手抜きにすぎる。

 差し引いてもアケミのアバターはこのゲームにおいて異常なほど精緻な造形で作られている。きれいすぎるから、かえって怪しいと思うプレイヤーも少なくない。

「だ、だって、あいつ私のことをいやらしい目で見ていたんだもん」

 ナチュラルに姫プレイをしてくるのだが、逆効果だ。これだけヘイトを稼げるロールもないものだが、デコイとしては優秀だ。

 そして、自己紹介が終わったところで、各々がそれぞれ興味を持っていたことを話し始めた。

 議長役の胡坐をかいている男性アバターが割って入った。

「さぁ、みんなのスキルを語ろう!」

「え? なんでそんなにヘイト稼ぐんです?」

「情報晒せって? まぁ、そういう進行でもいいですけど」

「当たり前だが、嘘もつくこともあるんですよ、アケミさん」

「うっさい、それぐらいわかるし」

 年を考えろ、アケミ。

 誰が村人で誰が人狼か、このゲームで行けば俺は正規アクセス者である。それにしては物騒なスキルではあるが、テキストを踏まえれば、勇者ロールもできる。馬鹿正直にいったら、今度は俺が吊るされる。

 ただ、皆の代弁をすることで自分への票の集まりを軽減するために、胡坐男、名前は何といったか、そうそう、エルフに問う。

「そういうあなたのスキルこそなんですか?」


視点・探偵

 四人に共通点はあるの。それは化野ユカリという故人との関係だ。

 当時、普通科女子高校二年生のときにいじめ被害に遭って、その後自殺をしている。その虐めの被害者という疑いで四人は警察に事情聴取を受けているが、証拠はなく、また、証言をしているクラスメイトも、そして学校サイドも関知していなかった、というグレーである白であった。

 松江はこの事件が気にかかって、すこし出張先の図書館で新聞を調べた。

 閉館時間ぎりぎりまで粘った甲斐あって、有力な情報を手にすることができた。化野ユカリと呉井蜜夢は当時、恋人関係にあった、というゴシップだ。

 閉館時間ぎりぎりで図書館の司書に怒られそうだったが、思わぬ新情報を得る。

「新聞もデータベース化してますから、検索エンジンにキーワードを打ち込めばPDFをダウンロードできたりしますよ」

 松江は図書館通いが楽になった、と感慨にふけりながら依頼人に報告する書類を帰りの新幹線でタイプしていた。


視点・ 正規アクセス者

 拘束時間、というものは本当になかった。一人になる簡易的なスペースは用意されていたが、仮想世界上のアナログロックも、デジタルロックもない。

 一人になる事はできるけれども、閉じこもることはできない、というゲーム上の配慮だ。

 だから、システム的なサポートがない、ということなのだろう。テクニカルなコミュニケーションスキルを求められるから、人狼側には不利なゲームだ。

 一方でワンサイドゲームにもできるため、ある意味において人狼に有利でもある。しかし、村人偏重主義的な日本という国ではシリアルキラー的なロジックを悠々と使えるプレイヤーは少ないだろう。

「二日目になりました、アクセス者は中央に来てください」

 通路に倒れ伏しているところに音声が響く。ユカリのアナウンスが流れた。俺は誰を伴うわけでもなく、中央、一日目一堂に集まったコンソールのおかれた部屋へ行く。

「そういうこと、ね」

 コンソールに対してアケミがぶつぶつと何事か食い入るように見つめていた。

 予想外、といえば、予想外だった。あれだけヘイトを集めていれば死んでいてもおかしくはないだろう。

「あれ? 君たちだけ?」

 議長役を買って出ていた、自身のスキルを語った男が俺の背後から現れる。きょろきょろとほかのプレイヤーを探す。

「おはよ、え?」

「おはようございます、二日目を開始します」

「ユカリ」

 俺は尋ねる。

「俺たち以外は?」

「残存アクセス者は、エルフ、ゼクス、ドライ、ヌルの四名になります」

 不正規アクセス者を排除してください、ユカリの声を聴きながら状況を認める。早くもクライマックスとなっていた。


視点・探偵

「木乃香ちゃーん、ちょっとこれ変じゃない?」

 松江は尾上木乃香に尋ねながら昔の自分で作った文書を読み返していた。ファイルと文書を見比べると、ファイルに奇妙な空白と段の左端にリターン記号が表示されている。

「あぁ、これ、ドラッグしてみてください」

「ふぅむ? あぁ、そういうことか」

 種を明かせば簡単で、リターン記号より左端の空白に文字が隠してあったのだ。しかし、隠し文字として処理をしているのではなく、もっとお粗末にフォントの色と背景の色を同色にして視覚的に見えなくした、というだけのことだった。

 そうすることで、空白は生まれるのだ。

 時代錯誤な黒電話が鳴る。

 依頼人が報告書を受け取りに来る、と連絡がきた。


視点・ 正規アクセス者

「人狼って、こんなに早く進むの?」

 アケミ、ゲーム上の名前だとゼクスだが、印象的な登場のためプレイヤー間ではもうアケミが通称になっていた。

「いえ、多くても三人か四人くらい犠牲として出るかもしれませんが、十数人犠牲が出るのは考えられません」

 エルフが解説役にとって代わる、アケミはヒステリックに苛立っていたが確かに普通の人狼ゲームならあり得ない。

 しかし、このゲームはハウスルール、独自のフォーマットに沿って行われている。だから、エルフの既存のゲーム観でプレイしているのは俺にとってはどこか滑稽だった。

「ユカリ、本当にもう四人なんだな?」

 俺、ヌルがユカリに尋ねる。視線の端で動きが不自由そうな男を見る。

「はい、アクセス者は現在四名です」

「ちょっとポンコツ、人狼は、あぁもう、不正規アクセス者は何人残っているのよ」

 やはりアケミは頭が悪い、間を持ったのはドライだった。

「普通のゲームだったら、人狼と村人が同数になったら、人狼側の勝利として終わるのよ」

「なんでよ」

「攻撃的な力を持たざる村人がたった一人の人狼に、徒党を組まずに勝てると思いますか?」

 エルフはいう。設定的にはそうだ。

「つまり」

「不正規アクセス者は一人だ」

 僕がいう。僕以外の誰かが、最後の人狼だ。

「まぁ、不正規アクセス者が名乗り出る、なーんてプレイは考えられないけどね」

「どうしてよ」

 考えることを放棄している、アケミの美しいアバターは存外リアルと変わらないのかもしれない。高校時代で縁を切ったのだからリアルで会うこともない。あの頃のままの媚態なのか、年を考えれば老いの劣化は考えられるだろう。

「どうぞ殺してください、というロールをしたければ考えられなくはないけれども、やる意味がない。勝てば、大量の賞金を得られるのにその権利を放棄するのは考えにくい」

「あの」

 ドライという眼鏡をかけた、女のアバターが発言する。

「ヌルさんに、質問があります」

 アバターの外面はアケミと同じようにきれいだ。美しさではアケミに劣るが、知的な目の光と闘志が好ましい色を見せた。

「なんです?」

「ステータス画面のアクセス者の項目に」

 空白がありますよね、面食らって僕は見る。

 あぁ、確かにある、僕は素直に答える。

「あるよ」

「私はスキルの使用を解除します、ユカリ適用して」

「承りました」

 なんだ? 僕は驚く。

「不正規アクセス者は誰もが自分じゃない、と思っていたのよ」

 なぜならそう書かれていなかったから、ドライは眼鏡を左の親指で上げる。見覚えがある。

「おまえ、は」

 サチコか、名前は伏せておく、おそらくマサヨシのことにも気が付いてるだろう。だから、この状況をサチコは辛抱強く待っていた。

「アケミさんは、いやアケミはただの村人、エルフさんはグレー気味だったけれども、私を探さなかった。だから、私の前に来た」

「えっえっ、ど、どういうことよ」

「もし、エルフさんが人狼だったら最後に入場する。スキルか、ベーシックアクションかはわからないけど大量殺人を行ったプレイヤーなら、最後にやってくる」

「じゃあ、僕が不正規アクセス者じゃなくて、君の可能性があるだろう?」

「ここは、ロジックとしては弱いけれども、私は私自身が不正規アクセス者ではないことを私だけは知っているから、としか言いようがない」

「あぁ、確かに、僕のステータス画面にもほかの不の文字が現れました」

 サチコはエルフの言葉に虚を突かれた。

 あぁ、くそ美味くない。

「ユカリ、投票に移ります」

 僕のスキルではまだ何もできない、これは積みだ。

 最後っ屁だ、僕はサチコ、ドライに投票する。

 恐らく、アケミとエルフ、ドライが僕に投票して不正規アクセス者の敗北は決まる。

 だと、思っていたのだが、よくわからないことも起こる。

 投票結果は、ドライだった。

「はっ?」

「じゃあね、おバカさん」

 そうつぶやいたのはアケミだった、首の皮を一枚つなげたところに僕はまず彼女に疑問を投げかける。

「アケミはドライに投票したのか?」

「えぇ、そうよぉ。これで取り分が増える」

 賞金目当て、ということか。

 だが、そうだとしても、投票数がかみ合わない。

 疑問を覚えながらもアケミはべらべらと語る。

「このエルフさん、とっても強くて、不正規アクセス者を指名して排除できるんだって」

「ドライとは口裏を合わせなかったのか」

「だって、サチコと一緒になんて勝ちたくなかったんだもの。あんたとは特にねコウイチ」

「ばれてた」

 ヌルがリアルでは時任光一という男であることもどういうわけか見抜いていたらしい。

「あんた、いっつも私を見下してたよね、知ってるんだから」

「アインスが、ジャスティスだったことも?」

「正義だったの、でも、ジャスティスならエルフのほうがふさわしいよ、ねぇ、エルフ」

「投票フェイズ終了、自由時間フェイズに移行します」

「さ、エルフさーん、お、ね、が、イ」

「すいません、アケミさん」

 僕は独裁者ではないんですよ、アケミは用語の意味が分からず、ただただ、阿呆のように僕の銃に撃ち抜かれた。


視点・探偵

「以上が、現在のところの調査結果になります」

 尾上木乃香がまたペットボトルのコーヒーを注いで給仕している。松江は依頼人が調査書を並々ならぬ眼力で穴でもあけるような憎悪とともに見ていると感じた。

「呉井蜜夢は化野ユカリと恋愛関係にあったこともあった」

 ご存じでしたか? 依頼人対して尋ねる。椅子の横に立てかけてある杖に眼がいった。

「化野ユカリって、だれですか?」

「あなたの妹さんですよ、化野錬」

 松江はテーブルの上にさらに資料を重ねた。とはいっても、化野錬にとっては当然の内容だ。

 何せ、化野錬自身の情報だったからだ。

「化野錬、三十一歳、フルダイブシミュレーター専門のIT企業に十年間勤め、以降フリーランスとして活動中、二年前表舞台から消える」

「よくご存じで」

「知らなかったから調べたんだよ、でも、あんたでも俺が調べられることぐらいは自分でできたんじゃないか?」

「できるかもしれないが、私がやろうとしていることと鑑みれば、外注したほうが確実だ」

「でも、アシは出る」

「いいんですよ、復讐が果たせれば僕は何もいうことはない」

「四人に、たいしてですか?」

「えぇ、名前も知らなかった。不思議ですね、名前があるだけでやる気がわいてくる」

 希望なんですよ、化野錬は深々と頭を下げた。

「彼らのしたことは法ではさばけない、もう誰も起訴をできない、虐め事件の記録は風化している。あなただって妹さんの記録を見なかったら知らなかったんでしょ?」

「えぇ、そうです、海外で勉強中、年の離れた妹の悩みなんて後から聞けると思っていた」

 ありがとうございます、化野錬はそういって杖を突いて去っていった。

「ど、どういうことなんです所長」

「それはな」

「それは」

「わからん」

「わかんないんですか!」

「俺がどういう立ち位置だったのか、重要だったかがまるで分らん。多分、俺がこの件に立ち入ることはもう二度とないのだろう」

 そういう事件とのかかわり方もある、松江は尾上木乃香に向き直っていう。

「次からはちゃんと助手として働くように、いいな」


視点・不正規アクセス者

「さぁて、言い残すことはないか、村人」

「早く殺してください」

「そういわれると、かえって不思議になる。このゲームは負ければすべての資産を没収される代わりに、脱落者側の資産を勝利者同士で再分配する、そういうルールで契約だ」

 そのくせゲーム内容は告げられなかったがな、言葉にする中で僕は頭が冷えていくのを感じる。

「意図を感じる。このゲームはデザインした人物がいる。配役、スキルにしたってそうだ。これは本当にランダムなのか?」

 そういってエルフが足を引きずりながら向かってくるのを見ながら、僕は前に来た左大腿部を打ち抜いた。

「痛覚はないはずだ、だから、物理エンジンが動けないという風に作用しても動こうとする、なのに、お前は引きずったようにずっと動いていたな」

 そういう演技かと僕は思っていた。しかし、ずっと続けている。意図は不明だ。だがもしかして、いう推測が立つ。

「お前体が不自由なのか?」

 じゃあ、やはり最後に殺すでよかったな、と僕は思う。

「最後に一つ聞きたい」

「なんだ」

「いや二つだな、アケミがいってたエルフのほうが正義にふさわしいってのはどういう意味だ?」

 本当にわからない、アケミがわかって僕がわからない、というのは生理的に許せないが、アケミ自身に聞くわけではないから、あまり気にはならなかった。

「タロット、カードで十一のカードは正義、なんです」

「なるほどね、ゲン担ぎか、最後に一つ」

 どうして俺に票を入れなかった? 問いを放ちながら、僕は落ち着いた焦りを感じていた。

 むずがゆさ、と言い換えてもいいだろう。大したことのないことが、致命的なミスであるかのように、そして自信がないから、保留する。

「あなたに」

 殺されたかったからですよ、エルフは答える。

「そうか」

 弾丸を打つ、名も知らぬ十一番の死が起こる。

 とはいってもバーチャル。なかなかに癖になるが、殺人を許容できる社会というのは僕のような人種にとってはとても都合のいいものだ。

「ともあれ、勝利だ」

 不意に虚脱感が発生し、その場に崩れ落ちる。二回目の経験に何もやる気が起きない。

 僕のスキルは連続殺人だ。日に犠牲者の制限を超えてプレイヤーを殺すことができる、というもの。

 そのかわり、一定時間以降は一日動けなくなる。一日、という単位は一日間ではなく、次の日が来るまで、というわけだ、だから僕は二日目の朝まで倒れ伏していた。

「でもま、これで終わりだ。ユカリ、正規アクセス者を排除した、不正規アクセス者の勝利だ」

「認められません、正規アクセス者、残数一」

「は? 誰だよ、全員死んだだろ?」

 人狼ゲームでは死者がよみがえるというスキルがないわけではない。だが、それならジャッジであるユカリの目を潜り抜けて生存者が四名である、と発言はしないはずだ。

「俺だよ」

 よく聞きなれた声だ。

「エルフ」

 弛緩して麻痺した手から拳銃を奪い去っていく。連続殺人に紐づけられた不正アクセス者の凶器。

「俺には資格がある」

「ユカリ関連?」

「覚えは?」

「ねぇな、遊んだ女の中にそんな名前の女がいたかなってぐらい」

「言い残すことは?」

「じゃあね、お兄さま」


エピローグ

「素晴らしかったよ、錬くん。面白い芝居だった」

「ありがとうございます」

「君の演技も迫真の物だった、少し大味かなと思うところはあるが、それでも良い作品だった」

「ありがとうございます」

「人狼を使って復讐、リアリティショーとしても見ていて面白い、今度は役職、君のショーで言えばスキル、だったかな? オープンにするのはどうかね」

「おまかせします」

 何をいっても暖簾に腕押しの化野錬にスポンサーは気を悪くしたのか、会場の別の人物に話をした。

「化野さん、ですか?」

「あなたは?」

「伊達幸子です」

 資産を没収された、というのに、見栄のはった衣装だ、と化野は思う。

「お聞きしたいことがありまして」

「なんでしょう」

「エルフは、どうして、ドライに同調したんですか?」

「ドライにとっても渡りに船だったでしょう? あれを通さなかったら、ヌルの勝ちだった」

「そこまでいえるんです?」

「開示されたスキルを見ればわかりますが、ゼクス、アケミさんは得票数を二つ持っていた。アケミさんの目的が効率的な賞金の獲得であったために、ドライが邪魔だった。エルフはヌルに対して優位を取れると解釈していたので、次善手として自身とエルフによる勝利のみ。あの時にヌルが不正規アクセス者だったと明かしたのは妙手であったものの環境的には悪手だった。打つのならば別の手だったけれども」

「コウイチの勝ち筋は?」

「ヌルの勝ち筋は、僕を投票で殺すことです」

「開示されたスキルによれば、一回だけ殺害による自身の死を回避する」

 回避後の一日後に死ぬ、化野は言葉を継いだ。

「あなたの完全勝利、というわけね?」

「負けですよ、唯一の肉親をすでに失っているのです。未来永劫、俺は敗北者です」

 じゃあ、死んで、つきたてられるナイフ。

 死を覚悟した。

 しかし、痛みが遠い。

「ショ、所長、これでいいですかぁ!?」

「尾上木乃香よくやった!」

 死に損なった、と化野は思った。

「バカ兄貴はまだ死なせないんだから」

 いつだったか、妹とやった人狼を思い出す。

 妹と化野の役職は双子だった。

 片割れとなっても、僕は生きているけれども、と会場の赤い天井を見上げた。

 復讐する権利を失って、生きる権利をもらったのだろうか。

 とかく、今は助けてもらった尾上木乃香に礼をいおう。

 そして、僕の復讐は幕を閉じた。

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